町田精生
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1959年に東京・田中和夫厩舎からデビューし、9月6日の東京第9競走4歳以上未勝利・ミスシゲル(8頭中6着)で初騎乗[1]を果たす。12月19日の中山第10競走4歳以上オープンで吉川英治の所有馬ノワケに騎乗して[2]初勝利[3]を挙げたが、初年度はこの1勝に終わる[4]。
2年目の1960年にはノワケでオープンを3勝し、3月の東京ではカツラシユウホウ・ハククラマを破る[5]。5月21日の東京ではハクチカラの半弟ヤシマフアースト[6]でオープンを勝利するなど初の1日2勝[5]を挙げ、12月24日の中山第3競走3歳30万下では14頭中13番人気リボーンターフで勝利して現在も同場歴代1位の単勝42860円の大波乱を起こす[7] [8]。翌25日の中山第2競走3歳未勝利では田中角栄の所有馬マキノハナで勝って[9]初の2日連続勝利[5]を挙げるなど、初の2桁となる13勝[4]をマークし、1964年まで5年連続2桁勝利[4]を記録。
3年目の1961年には1月4日の中山第10競走ニユーイヤーハンデキャップ・アサブエで初の特別勝ち[5]を挙げ、アメリカジョッキークラブカップでは14頭中13番人気ながらオーテモン・キタノオーザ・スターロツチに先着する4着[10]、ダイヤモンドステークスではホマレボシの3着[11]、有馬記念が行われた12月24日の中山第3競走3歳オープンでは鹿児島生まれの九州産馬テツフオード[12]でフエアーウインの2着に入った[13]。
1962年には8月4日の福島で初の1日3勝[14]を挙げるなど、初の20勝台で自己最多の28勝[4]をマーク。
1963年には2年連続20勝台となる21勝[4]をマークし、ヒカルメイジ産駒キオー[15]で朝日盃3歳ステークスを14頭中11番人気ながらウメノチカラ・カネケヤキに次ぐ5着[16]に入った。
1964年にはアラブのリンドウでダイヤモンドステークスに騎乗するが[17]、この時の45kgは現在も最軽量記録となっている[18]。
1965年には初めて0勝に終わったが、1966年には2年ぶりの2桁となる16勝、1968年から1970年まで3年連続2桁勝利を記録[4]。
1966年の京王杯スプリングハンデキャップでは16頭中11番人気のシーアイオーでグレートヨルカの3着[19]に入り、1968年には中山ダート1800mで行われた京王杯SHを14頭中11番人気のメジロシンゲンで制し重賞初勝利[20]を挙げた。
1969年には東京ダート1400mで行われた弥生賞では「尾形四天王」[21]の一頭であるメジロアサマに騎乗し、同じく四天王[21]のワイルドモア・ミノルに次ぐ3着に入った[22]。
1970年にはメジロムサシの主戦騎手として活躍するが、スプリングステークスでは初対決のタニノムーティエ・アローエクスプレスから6馬身離された3着[23]、皐月賞5着、東京優駿18着を最後に横山富雄に交代し、引退まで騎乗することはなかった[24]。
1969年・1970年にはスイジンで福島記念を連覇し、同馬では1970年の新潟記念と1972年の七夕賞も制したが、七夕賞が町田にとって最後の重賞勝利となった[25] [26]。
1968年には5年ぶりの20勝台となる22勝、1969年には2年連続で最後の20勝台となる22勝、2桁勝利は3年ぶりにマークした1973年の13勝が最後となった[4]。
1976年には後にダイナカールの母となるシャダイフェザーで2勝[27]したほか、開催時期の変更で「東北記念」に変更された七夕賞[28]をユザワジョウで3着[29]に入った。
1977年1月15日の東京第5競走5歳以上300万下・ダンバーズシチーが最後の勝利となり、初勝利馬[3]と同名のノワケに騎乗した5月1日の東京第5競走4歳300万下(14頭中13着)を最後に現役を引退[30]。
騎手成績
脚注
- ↑ “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “4歳以上|1959年12月19日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- 1 2 “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “町田精生”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- 1 2 3 4 “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “昇城の産駒成績|競走馬データ - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “3歳30万円以下|1960年12月24日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “単勝3万6190円!グレード制以降の中山競馬場での単勝最高配当 菊沢「まさかここまで走るとは」 中山2Rで14番人気エイシンニラクV”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “マキノハナ (Makinohana)”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “アメリカジョッキーク|1961年1月22日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “アサブエ”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “テツフオード|JBISサーチ(JBIS-Search)”. jbis.or.jp. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “1961年12月24日のレース情報”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “キオー”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “朝日盃三歳ステークス|1963年12月15日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “リンドウ”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “38年ぶりの負担重量47キロ|競馬実況web|競馬|ラジオNIKKEI”. www.radionikkei.jp. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “シーアイオー”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- 1 2 『優駿』2009年7月号、pp.121-123
- ↑ “弥生賞|1969年3月2日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “スプリングステークス|1970年3月22日”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “メジロムサシ (Mejiro Musashi)”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “スイジン (Suijin)”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “シャダイフェザー (Shadai Feather)”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “今週の注目レース(第51回七夕賞:歴史・プレイバック)”. 日本中央競馬会. 2016年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月19日閲覧。
- ↑ “ユザワジョウ”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。
- ↑ “町田精生の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2026年3月19日閲覧。