グレートヨルカ
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| グレートヨルカ | |
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東京記念(1963年3月3日) | |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 黒鹿毛 |
| 生誕 | 1960年3月21日 |
| 死没 | 1981年2月 |
| 父 | ヒカルメイジ |
| 母 | クヰーンスジェスト |
| 母の父 | ネアルコ |
| 生国 |
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| 生産者 | 盛田牧場 |
| 馬主 | 小野晃 |
| 調教師 | 尾形藤吉(東京) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 34戦11勝 |
| 獲得賞金 | 3473万5350円 |
グレートヨルカは、日本の競走馬。菊花賞を勝ち、同厩舎のメイズイの三冠を阻んだ馬である。母クヰーンスジェストが日本に来る前に生まれた兄弟に、種牡馬となったWill Somers(父系現存)、外国産馬として日本へ輸入され、日本短波賞を勝ったビッグヨルカがいる。1962年啓衆社賞最優秀3歳牡馬。
父ヒカルメイジは持ち込み馬で東京優駿(日本ダービー)の勝ち馬。母のクヰーンスジェストの父はネアルコであり、当時の日本では考えられない名血であった。
メイズイとのライバル対決と3、4歳時の戦跡
3戦目で初勝利をあげると、その後、朝日杯3歳ステークスと東京記念を含む6連勝をする。東京記念で同厩舎のメイズイとの2者選択を迫られた保田隆芳騎手はグレートヨルカを選んだ。だが、それはメイズイの素質を高く評価していたためであり尾形厩舎の後輩騎手、森安重勝に花を持たせようというものであったという。事実、スプリングステークス、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)と全てメイズイの2着に敗れている。因みに、メイズイよりも気性面に難が有った事も、保田がグレートヨルカに乗る理由になったとも言われている。
秋はセントライト記念を勝ち、菊花賞に臨んだが、体調がイマイチだったこともあり、メイズイや神戸杯、京都杯と連勝してきたコウライオーに人気を譲る3番人気だった。レースはプレッシャーに圧された森安騎手のメイズイが暴走して馬群に沈む中、直線抜け出したコウライオーをグレートヨルカが差し切り、最後の一冠を手にした。尾形厩舎の牡馬クラシック三冠が同時に達成されている。だが、保田はレース後、森安の騎乗を咎めて「バカヤロー!」と怒声を浴びせており、ウイナーズサークルでも笑顔を見せなかったという。
次走の有馬記念では騎手がメイズイは保田騎手に、グレートヨルカは森安騎手に入れ替わった。メンバーは天皇賞馬リユウフオーレル、菊花賞馬ヒロキミなどがいた。レースはメイズイが2着に粘る中でグレートヨルカは10頭立ての7着に惨敗した。レース後脚部不安が判明して2年近くの休養に入った。