皇甫冉 From Wikipedia, the free encyclopedia 皇甫 冉(こうほ ぜん、開元2年(714年) - 大暦2年(767年))は、中国・唐の詩人。字は茂政。本貫は安定郡朝那県。弟に皇甫曾が居る[1]。大暦十才子(中国語版)の一人に数えられることがある[2]。 南方の丹陽郡に移住し、農耕と釣りの日々を送っていたが、張九齢に才能を認められた。玄宗の天宝15載(756年)、進士に及第、無錫の尉となり、代宗の大暦元年(766年)には河南節度使の書記、次いで左拾遺(中国語版)・右補闕(中国語版)を歴任した。 現在『唐皇甫冉詩集』が残っている。 詩人としての彼 作品に、『曽山送別(そうざんそうべつ)』(七言絶句)がある。 曽山送別 凄凄遊子苦飄蓬 凄凄(せいせい)たる遊子(ゆうし) 飄蓬(ひょうほう)を苦しむ 明月清樽祇暫同 明月 清樽(せいそん) 祇(た)だ暫くは同(とも)にせん 南望千山如黛色 南のかた千山(せんざん)を望めば黛色(たいしょく)の如し 愁君客路在其中 愁う 君が客路(かくろ)の其の中(うち)に在るを 出典 『唐詩選』(版:岩波文庫、註解:前野直彬) 脚注 [脚注の使い方] ↑ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『「皇甫冉」の意味・わかりやすい解説』コトバンク。https://kotobank.jp/word/%E7%9A%87%E7%94%AB%E5%86%89-63185。2025年11月10日閲覧。 ↑ 傅璇琮(中国語)『唐代诗人丛考』中華書局、2003年、427〜438頁。ISBN 7101035965。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館アメリカ芸術家MusicBrainz人物Troveその他Yale LUX Related Articles