目黒ひとみ
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1973年、日本テレビの『スター誕生!』第87回大会(1973年5月27日放送)で合格[1]。その後、第8回決戦大会(同年9月30日放送)でも合格する(他の合格者:しのづかまゆみ(最優秀賞)、伊藤咲子、松田新太郎、米永透)[1]。しかし当時13歳と年齢が若すぎたことでデビューが先延ばしになっていた[1]。
1975年12月、ビクター音楽産業からシングル『わたしのシュガー・ボーイ』で歌手デビュー。デビュー時のキャッチフレーズは、「食べたくなるような女の子」。シングル3枚をリリースした。最初は本名(石田浩子)でデビューする予定でいたが、池田ひろ子、石田
その後、1977年10月に同じ事務所の石江理世・黒木真由美とともに3人組グループ「ギャル」を結成したが、1979年に解散している。元々の結成理由は、スター誕生!のチーフプロデューサーであった池田文雄の「3人で組んだら面白いんじゃないか」というのが発端である。本人はソロ歌手として歌い続けたかった為、泣きながらソロで歌いたいということを池田に伝えると、「またみんなに愛されて、また1人で歌えばいいじゃないか」と言われ、頑張ろうという気になれたと語っている。解散後は芸能活動からリタイアし、結婚を機に静岡県御殿場市に在住。家庭に入っていたがその後歌手活動を再開し、静岡県を地盤にして各種イベント等で活動している。
娘の山本栞里は、Ring-Tripのメンバーをつとめるなど歌手として活動している。
2025年10月16日、都内で行われた日本歌手協会主催「第52回歌謡祭」で、解散以来46年振りにギャルを再結成。黒木真由美、中世古アキと共に「マグネット・ジョーに気をつけろ」をフルコーラスで歌唱した。[2]更に自身のソロ曲である「わたしのシュガー・ボーイ」も歌唱した。
ディスコグラフィ
シングル
- わたしのシュガー・ボーイ c/w ラブ・コール10:30 (1975.12.20)
- アップルパイが焼けるまで c/w すてきなグランドマザー (1976.07.01)
- スイートポテト42キロ c/w 家庭教師 (1976.10.01)※カルビー「おさつスナック」CMソング
アルバム
- ギャルとして
- 薔薇とピストル〜コンプリート・コレクション - ギャルのコンプリート・コレクション・アルバム(2010.08.04)