目黒護國神社

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所在地 東京都目黒区五本木二丁目20番17号
位置 北緯35度38分4.1秒 東経139度41分21.2秒 / 北緯35.634472度 東経139.689222度 / 35.634472; 139.689222
主祭神 日清戦争以降の戦没者約2300柱
社格 指定外護国神社
目黒護國神社


目黒護國神社の跡地。現在は防災備蓄倉庫が建つ。
(画像は隣接する目黒消防団第六分団本部)

所在地 東京都目黒区五本木二丁目20番17号
位置 北緯35度38分4.1秒 東経139度41分21.2秒 / 北緯35.634472度 東経139.689222度 / 35.634472; 139.689222
主祭神 日清戦争以降の戦没者約2300柱
社格 指定外護国神社
創建 1941年昭和16年)
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目黒護國神社(めぐろごこくじんじゃ)は、東京都目黒区にあった神社護国神社)。

創建

1941年昭和16年)3月に創建された。台湾日日新報社長だった守屋善兵衛1930年没)の遺族より、目黒区に対して宅地居宅の一部を寄贈する申し出があり、その際に「忠霊を祀る神社を建設すること等」という条件があったので、当時の目黒区は公費で神社を創建した[1][2]

第二次世界大戦後、日本国憲法施行により、目黒区が神社を運営することができなくなったため(政教分離原則)、戦没者遺族が管理することになった。1958年(昭和33年)7月、目黒区立守屋図書館の改築にあたり神社を敷地内(五本木庚申塔[3]の隣接地)に移転した[1]1959年(昭和34年)10月に「目黒護國神社崇敬会」が設立され、目黒区と土地賃貸借契約(敷地面積198.50m2)を結ぶことになった[1]

廃社

ところが、2000年平成12年)以降、管理者をしていた崇敬会の役員が死去したことにより、崇敬会の活動が休止した。目黒区に払う地代も滞納するようになり、御魂であった戦没者名簿も行方不明となった[2]

2005年度(平成17年度)の目黒区の包括外部監査で、単に政教分離上の問題だけでなく、建物が老朽化しており安全面でも問題があるとの指摘を受けた[1]

2008年(平成20年)7月、隣接する旧目黒区守屋教育会館の解体に伴い撤去された。他神社への合祀や他団体の管理も模索されたというが、折り合いがつかず結局断念することになった[2]

なお、目黒護國神社の跡地には防災備蓄倉庫が、旧目黒区守屋教育会館の跡地には私立保育園(旧目黒区立上目黒保育園の移転民営化[4])が建てられた(目黒区立守屋図書館が南側にある)。

所在地

沿革

脚注

関連項目

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