直江大輔

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2000-06-20) 2000年6月20日(25歳)
身長
体重
185 cm
87 kg
直江 大輔
2022年8月13日 東京ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長野県長野市
生年月日 (2000-06-20) 2000年6月20日(25歳)
身長
体重
185 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2018年 ドラフト3位
初出場 2020年8月23日
最終出場 2023年5月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

直江 大輔(なおえ だいすけ、2000年6月20日 - )は、長野県長野市出身[1]の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入り前

長野市立三輪小学校[1]3年から野球を始め、長野市立柳町中学校[1]時代は中野シニアでプレー[2]。父親と同じ松商学園高等学校に進学[3]すると、1年秋からベンチ入りし[2]、2年夏に第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。2回戦の盛岡大学附属高等学校との試合で、2番手として登板したが、3-6で敗退した[3]

2018年10月25日に行われた新人選手選択会議では、読売ジャイアンツから3位指名を受け、11月13日に契約金5000万円、推定年俸500万円で仮契約し(金額は推定)、その後入団した。背番号はかつて槙原寛己が着用していた54[4][5]。担当スカウトは木佐貫洋[5][6]

巨人時代

2019年は、三軍戦が主戦場となった[7]。二軍公式戦には3試合に登板するも、0勝1敗、防御率10.80に終わった[8]。オフに、15万円増の推定年俸570万円で契約を更改した[7]

2020年は、6月までは三軍だったが、山口鉄也会田有志の指導の下でフォークに磨きをかけると奪三振率が向上[9]。5試合の登板で防御率0.90と好投し[10]、同月末からは二軍へ昇格[9]。二軍公式戦では4試合の登板で1勝2敗、防御率6.00の成績を残し、8月23日に一軍初昇格を果たすと[11]、同日の対広島東洋カープ12回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で初登板・初先発[12][13]。4回1失点で勝敗はつかなかった[12]。一軍では一度の登録抹消を挟んで3試合に先発登板するも、いずれも5回を投げ切れず、この年にプロ初勝利はならなかった。2度目の登録抹消後、持病のヘルニアにより下半身のしびれが強くなったことから、9月28日、腰椎間板ヘルニアの手術を受けることが発表された[9][14]。球団は直江を治療に専念させるため、育成選手契約に移行させることを視野に入れて、11月19日には自由契約にすることを発表した[15]。12月2日に自由契約公示[16]。同8日の契約更改で、予定通り育成選手として再契約を結び、背番号は054になった。育成選手契約への移行でありながら、180万円増の推定年俸750万円となった[17]

2021年は、3月24日のプロ・アマ交流戦で実戦復帰を果たし[18]、6月24日の二軍戦では3安打完封勝利を挙げた[19]。6月28日に、支配下選手契約を結んだことが発表され[20]、背番号も前年までの54に戻ることとなった[20]。同30日に支配下復帰後、初の一軍昇格を果たすと[21]、7月1日の対広島14回戦(東京ドーム[22]で、リリーフとして復帰登板を果たし、7回から9回までをパーフェクトに抑えプロ初セーブを挙げた[23]。11月27日、10万円増となる推定年俸760万円で契約を更改した[24]

2022年は、この年2試合目の先発となる8月13日の対広島20回戦(東京ドーム)で[25][26]、6回を無失点に抑えプロ初勝利を記録した[27]。11月22日、150万円増となる推定年俸910万円で契約を更改した[28]

2023年は、開幕一軍を果たし、4月15日の中日ドラゴンズ戦(バンテリンドーム)で、1点リードの8回にマウンドに上がり無失点に抑えてプロ初ホールドを記録した[29]。自己最多の16試合に中継ぎとして登板し、防御率3.86、6ホールドという成績を残すが、5月14日に登録抹消されてからは一軍昇格はなかった[30]。二軍では8月頃から先発登板を始め[31]、11試合に先発した[30]。11月20日の契約更改では440万円増の推定年俸1350万円でサインした[30][31]。同月から開催のアジア・ウィンター・ベースボール・リーグでも先発として参加し[32]、4試合の先発で2勝0敗、防御率1.71といった成績を挙げた[33]

2024年は一軍登板がなく、二軍では17登板で2勝3敗、防御率3.20という成績だった[34]。オフの10月28日に戦力外通告が球団から発表された[35]。11月18日に右肘のクリーニング手術を受け、21日に750万円減となる推定年俸600万円で育成選手契約を結んだ。背番号は054[36]

2025年は序盤に三軍戦で実戦復帰した[37]ものの、二軍公式戦での登板はなかった[38]。10月2日に2年連続となる戦力外通告が発表された[39]

11月27日、現役を引退しジャイアンツアカデミーコーチに就任することが分かった[40]

選手としての特徴

最速150km/hのストレート[41]スライダーチェンジアップカーブなど多彩な変化球とのコンビネーションが特徴[42]。2020年はチェンジアップを封印し、フォークボールを投げている[9]

原辰徳監督からは「プロ野球選手として一番大事な闘争本能、強気、魂を持っている」と評価されている[9]

人物

父親は松商学園高校のエースとして甲子園に春夏計3回出場[2]し、明治神宮大会でも優勝した[43]

大のアメコミ好きで、練習用のグラブにはスパイダーマンを模した刺繍が施されている他、マーベル作品は60作品以上を総なめしたという[44]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2020 巨人 330000000----4912.01023011100443.001.08
2021 430000110.0005111.0151402400664.911.73
2022 930001100.5007918.21228031610973.381.07
2023 1600000106.0005814.0729001110763.861.14
通算:4年 3290001316.25023755.24472406422026233.721.22

年度別守備成績



投手












2020 巨人 302001.000
2021 431001.000
2022 901001.000
2023 1601001.000
通算 3235001.000

記録

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2020年8月23日、対広島東洋カープ12回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、3回表に遠藤淳志から空振り三振[13]

背番号

  • 54(2019年 - 2020年、2021年6月28日 - 2024年)
  • 054(2021年 - 同年6月27日、2025年)

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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