真矢 (ドラマー)
日本のドラマー (1970-2026)
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来歴
生い立ち(1970年 - 1984年)
1970年1月13日、神奈川県秦野市に生まれる。秦野市立本町幼稚園卒園[4]。秦野市立末広小学校[5]、秦野市立本町中学校卒業[6]。
幼い頃より、能楽師である親の影響を受けて能に親しむ。祭りにも興味を示し、和太鼓もこなしていた。車で外出する時には、能に関する録音を再生し、それを父親が解説していたのが面白かったという。
青年期(1985年 - 1988年)
神奈川県立伊勢原高等学校に進学するが[6]、素行不良で無期停学になる。その頃、父からバイクを買い与えてもらえることとなったが、文化祭でバンドのドラム演奏を観たことに触発されたことから父親に「バイク要らないからドラム・セットを買ってくれ」と頼み、ドラムを始める[7]。本人曰く、セットに座ったらすぐ叩けて俺は天才だ!と思ったという。
以降、ドラムに病み付きになり、バンドを15ほど掛け持ちし、毎日のようにコピーするようになる。飯も食わずに栄養失調になったこともある。勉強はどうでも良く、アルバイトを深夜まで掛け持ちし、スタジオ代に充てていたという。SUGIZOとは同級生である。
独学で8ビートや16ビートやダブルストロークロールを習得していたが、アルバイトをしながらドラム・スクールにも通い基礎を学んだ[8]。ロックは特別に好きであったわけではなかったが、高校を出てからはレッド・ツェッペリンのドラマーであるジョン・ボーナム[9]、LOUDNESSの樋口宗孝を愛好するようになる[10]。
つのだ☆ひろ主宰のサマードラムスクールに、高校時代に参加している。フルセット300万円のドラムセットを購入したという逸話もあり、とにかく形から入りお金を惜しまない性格だという。
ドラムスタイルは荒々しくも高速で、一発一発説得力のあるシングルストローカーである。コピーしようとしても、なかなか彼のように叩けないドラマーが多い。ドラムソロはライブの定番であり、彼もソロは大好きとのこと[2]。
LUNA SEA
1989年にLUNA SEAの前身バンド「LUNACY」に高校の同級生であるSUGIZOとともに加入。1991年4月にそうる透に師事。言う事は全く聞かなかったそうで、何で俺の言う事聞かないんだ!と怒られたが、やっと個性が出来てきたね!と逆に褒められたそう。
1992年にLUNA SEAのメンバーとしてメジャー・デビュー[6]。LUNA SEAは1997年の活動休止、1998年の活動再開を経て2000年12月に終幕(解散)。2007年12月24日には1日限りの復活ライブを行った。
ソロ活動など


1997年、LUNA SEAの活動休止中に歌手としてマーキュリー・ミュージックエンタテインメントからデビュー。椎名へきるとデュエットを行う。同年に発売された『西城秀樹ROCKトリビュート』に「南十字星」で歌唱参加。
デビューからしばらくはYAMAHAのYD-9000レコーディングカスタムのドラムセットを使用。Kジルジャンのハイハットをはじめ、Aジルジャンのシンバルを愛用。タムは6個以上の多点キットを好み、鳴りの良いサウンドは初期のアルバムに散りばめられている。
ROSIERレコーディング時にいつも通り普通に叩いていた所、エンジニアから「何でいつもみたいなキャラ出してくれないの?」と言われ、この野郎!と荒々しく叩いたテイクがOKに。この時から彼自身レコーディングの概念が変わったという[1]。
2000年にパール楽器製造とモニターアーティスト契約[11]。The Millennium Eveにて新セット黒蝶を披露。START UP GIG2000にてもう一つの新セット赤蝶を披露。5月12日にアイドルグループ・モーニング娘。の元メンバーで、タレントの石黒彩と結婚妊娠[12]。同日は石黒の22歳の誕生日でもあった。シグネチャーモデルのドラムスティックを発売。
2001年、ソロ活動を本格的に開始する。この年の11月のGROOVE DYNASTY 2001にて突如多点セットへと原点回帰。村上ポンタ秀一、林立夫、沼澤尚、村石雅行らと5人のドラムセッションを披露。
大黒摩季や吉川晃司、 氷室京介などのライブ・レコーディングに主に参加し、数多くのミュージシャンとセッション活動をしている。
2005年、ボーカルに沖縄出身のMILKYを迎え、POTBELLY(ポトベリー)として始動する。ミニアルバム『CRASH! CRASH! CRASH!』でデビュー。同年に石黒との結婚5周年を記念し、出雲大社で結婚式を行う[13]。
2009年、3月26日に東京都・中野区にあるラーメン店「ラーメン龍」のプロデュースを担当し、新店名「ラーメン天雷軒」として開店する。10月7日より、同店が東日本橋にてリニューアル・オープン。東京・代官山にある、パワーストーン・水晶・天然石・アクセサリー専門店「Re:soul(リソール)」をプロデュースし、代表取締役社長を務めた。
2011年にGACKT率いる「YELLOW FRIED CHICKENz」に加入する。
晩年
2020年に大腸がんのステージ4であることが判明。ライブ活動のかたわら、7回にわたる手術と抗がん剤治療、放射線療法の併用により闘病を続ける[14]。
2025年8月23日、めまいで倒れたことを公表[15]。当初は「耳石がずれているため」という判断を示していたが[15]、回復が認められず、脳神経外科でMRI検査を受けたところ、右側頭部に腫瘍が発見され、脳腫瘍と診断されたことを9月8日に公表[14]。以降、ライブ活動を停止して放射線治療に入り、11月予定のライブのドラム演奏については同郷で自身の弟子でもある淳士が受け持つ事になった[16]。同年11月9日にLUNA SEA主催で開催した音楽祭「LUNATIC FEST.」への登場が生前最後の公での場となった[17]。
2026年3月12日のライブ復帰を目指していたが、同年2月中旬に容態が急変し、2月17日18時16分に死去。56歳没。訃報は同月23日未明にファンクラブより公表された。葬儀は既に近親者のみで執り行なわれた[17][18][19]。公選第20代秦野市長の高橋昌和も追悼文を公表した[20]。同年3月8日にぴあアリーナMM(神奈川県)で献花式が執り行われ、3万人のファンや音楽関係者が参列した[21][22]。
同年5月14日、お別れの会が東京都内で開かれ、妻・石黒彩、LUNA SEAのメンバーなど、1,000人が参列した。祭壇にはドラム3台が飾られた[23]。
人物
性格・嗜好
音楽性
- 師匠はそうる透であり[26]、松岡昌宏(元TOKIO)は弟弟子にあたり、松岡が10代の頃からの付き合いである[27]。松岡は真矢の印象について「気の良いオッサン」と答えている[28]。
- 淳士(SIAM SHADE)は真矢のローディーをしていた時期があり、弟子的存在である[29]。
- 「歌を殺すドラムを叩くのはクソだと思ってる。押さえたようなシンプルなドラムでも自分の持ち味が出せれば、最高・・・そのぶん、ドラム・ソロとかでは別の意味で自分を100パーセント出したくて・・・おカネをかけてしまった(笑)」[30]。 モニターに一番大きく返すのはボーカルだそう。
- LUNA SEAの活動初期から中期(アルバム『STYLE』発表前後)にかけては、ツーバスに加えて多数のタム、シンバルを並べ、頭上にもタムを設置するなど大掛かりなセットを組んでいたが、後期にはワンバスに少数のタム類など、一転して必要最低限のシンプルなセッティングになった[要出典]。
- LUNA SEAのライヴにおいて、空中で回転するドラムセットを使用したパフォーマンスを行ったことがあり、その費用は3,500万円もかかった。当初はドラムセットが前傾するのみだったが、後にはトミー・リー(モトリー・クルー)やジョーイ・ジョーディソン(元スリップノット)のように頑丈に固定されたドラムセットが回転する大掛かりなセットで行った[要出典]。
- バスドラムの音量・音圧を確保するため、ペダルを踏む際には中央を踏まず、ペダルの端を斜めに蹴り出すように踏むスタイルをとっている(リズム&ドラムマガジンインタビューより)。
- LUNA SEAのインディーズデビューとなった1991年から1996年の活動休止までエンドースメント契約していたドラムメーカーはヤマハ。ドラムのヘッドに墨汁を塗ってミュートとして利用する奇抜なテストを行ったことがある。1998年に活動再開してからはヤマハとのエンドースメント契約を解消し、ラディックのドラムセットを使用。2000年以降は25年に亘りパールと契約していた[11]。
- ピエール中野(凛として時雨)や庄村聡泰(元[Alexandros])などの後輩ミュージシャンにも影響を与えており、特に庄村はテレビで演奏するLUNA SEAとそのドラムを叩く真矢が音楽の原体験である[要出典]。
家族
ディスコグラフィ
シングル
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 最高位 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| マーキュリー・ミュージックエンタテインメント | ||||||
| 1st | 1997年9月26日 | 落下する太陽 | PHDL-1101 | 全4曲
|
15位 | |
| 2nd | 1997年11月21日 | 漂流者 | PHDL-1103 | 全4曲
|
39位 | 「真矢 with 椎名へきる」名義。 |
| SRDL-4439 | 全4曲
|
19位 | ||||
アルバム
| 発売日 | タイトル | 規格品番 | 収録曲 | 最高位 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| マーキュリー・ミュージックエンタテインメント | ||||||
| 1st | 1997年12月10日 | No Sticks | PHCL-5077 | 全10曲
|
- | 秋元康プロデュース[32]。 |
ミュージックビデオ
- MeLoDy (1997年8月21日、MVVH-3)- 出演・プロデュース
- SHINYA LONDON CALLING (1998年2月)
- 真矢 直伝 プロ・ドラマーの心得(アトス・インターナショナル、ATDV-81)
参加作品
| 発売日 | 規格 | アーティスト名 | タイトル | 参加曲 |
|---|---|---|---|---|
| 1997年7月24日 | CD | オムニバス | 西城秀樹 ROCKトリビュート KIDS WANNA ROCK! | 南十字星 |
| 1998年9月19日 | CD | オムニバス | Cozy Powell Forever TRIBUTE TO COZY POWELL | KILL THE KING |
| 1999年1月21日 | CD | 椎名へきる | 『Face to Face』 | fly away |
| 1999年3月17日 | CD | オムニバス | Super Rock Summit 〜天国への階段〜 | MODY DICK -BONZO'S MONTREUX-、WE'RE GONNA GROOVE |
| 1999年6月30日 | CD | オムニバス | SUPER ROCK SUMMIT RAINBOW EYES | I SURRENDER、STILL I'M SAD |
| 2001年10月24日 | CD | オムニバス | REACTION Tribute Album Always On My Mind | FOLLOW THE SHADOW |
| 2009年4月22日 | CD | Ken | IN PHYSICAL | My Angel、Save me |
| 2010年7月14日 | DVD | LOUDNESS | 樋口宗孝追悼ライブ2009DVD Munetaka Higuchi Forever Our Hero | Black Widow、Pray For The Dead、Drum Battleなど |
| 2011年6月29日 | CD | buzzG | 祭囃子 | 全曲。演奏メンバーは真矢(Drums)、Kei Nakamura(Bass)、 [TEST](Guitar) |
| 2013年9月4日 | CD | オムニバス | DEAD END Tribute -SONG OF LUNATICS- | So Sweet So Lonely |
| 2017年10月25日 | CD | ASAGI | Seventh Sense/屍の王者/アンプサイ | 屍の王者 |
| 2018年1月30日 | CD | 浅葱 | 斑 | 天地行き来る小船、月界の御子、妖刀玉兎(いずれも和太鼓での参加) |
| 2020年8月29日 | CD | 浅葱 | アマビエ | アマビエ(和太鼓での参加) |
| 2024年8月1日 | CD | 浅葱 | 狐華火 | 狐華火(和太鼓での参加) |
タイアップ一覧
サポートを行ったミュージシャン
出演
テレビ番組
- キス・ミス・チック(中京テレビ) - 「ミッドナイト真矢」のコーナーを担当
- ここにシャチあり! (中京テレビ)
- 歌笑HOTヒット10 (日本テレビ)
- J-Hits Countdown (歌謡ポップスチャンネル)
- さんまのSUPERからくりTV (TBS) - 「小倉優子音楽隊-サザエオールスターズ」のコーナーを担当
- 宇宙一せまい授業! (あっ!とおどろく放送局) - ドラム講座を担当
- クイズ☆タレント名鑑(TBS)
- 戦略のゴルフ 第58回 - 第60回(2021年2月21日・2月28日・3月7日、BS12 トゥエルビ)
- 伊藤淳史ののほほーんゴルフ2 “80切りできる かな” 草食系ゴルフ満喫バラエティ(2021年10月9日 - 10月30日、BSテレ東)[34][35]
- ホンマでっか!?TV(2022年3月2日、フジテレビ)
テレビドラマ
- 東京少女真野恵里菜 第4話「やさしい拳」(2009年2月28日、BS-i) - 陽介 役
- ケータイ刑事 銭形命 第11話「交響曲第28番 タ聞調 作品194《ボム》〜世界ペア音楽祭爆弾予告事件」(2009年2月28日、BS-TBS) - スネア 役
ラジオ番組
- LUNA SEA真矢のG1 Grouper(1997年4月 - 1997年9月、TOKYO FM )
- LUNA SEA真矢のDEEPER STREET(1998年4月 - 9月、TOKYO FM)
- LUNA SEA 真矢の深夜の課外授業(2000年4月 - 9月、TBSラジオ)