真矢 (ドラマー)

日本のドラマー (1970-2026) From Wikipedia, the free encyclopedia

真矢(しんや、1970年昭和45年〉1月13日[2] - 2026年令和8年〉2月17日)は、日本ドラマー、歌手。

出生名 山田 真矢(やまだ しんや)[1]
別名 SHINYA
生誕 (1970-01-13) 1970年1月13日
概要 真矢, 基本情報 ...
真矢
2024年9月、秦野たばこ祭で はだのふるさと大使としてパレードの先導車で太鼓を打つ真矢
基本情報
出生名 山田 真矢(やまだ しんや)[1]
別名 SHINYA
生誕 (1970-01-13) 1970年1月13日
出身地 日本の旗 日本 神奈川県秦野市
死没 (2026-02-17) 2026年2月17日(56歳没)
学歴 神奈川県立伊勢原高等学校
ジャンル ロック
職業
担当楽器
レーベル マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
共同作業者
公式サイト 331shinya.com
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1989年よりロックバンドLUNA SEAのドラマーとして活動し、1997年のLUNA SEA活動休止時には歌手としてソロデビュー。2000年のLUNA SEA解散後はタレント実業家としても活動した。実業家としてはラーメン店のプロデューサー、宝石店の代表取締役社長を務めた。

本名、山田 真矢(やまだ しんや)[1]。妻は元モーニング娘。石黒彩[3]神奈川県秦野市出身。

来歴

生い立ち(1970年 - 1984年)

1970年1月13日、神奈川県秦野市に生まれる。秦野市立本町幼稚園卒園[4]。秦野市立末広小学校[5]秦野市立本町中学校卒業[6]

幼い頃より、能楽師である親の影響を受けてに親しむ。祭りにも興味を示し、和太鼓もこなしていた。車で外出する時には、能に関する録音を再生し、それを父親が解説していたのが面白かったという。

青年期(1985年 - 1988年)

神奈川県立伊勢原高等学校に進学するが[6]、素行不良で無期停学になる。その頃、父からバイクを買い与えてもらえることとなったが、文化祭でバンドのドラム演奏を観たことに触発されたことから父親に「バイク要らないからドラム・セットを買ってくれ」と頼み、ドラムを始める[7]。本人曰く、セットに座ったらすぐ叩けて俺は天才だ!と思ったという。

以降、ドラムに病み付きになり、バンドを15ほど掛け持ちし、毎日のようにコピーするようになる。飯も食わずに栄養失調になったこともある。勉強はどうでも良く、アルバイトを深夜まで掛け持ちし、スタジオ代に充てていたという。SUGIZOとは同級生である。

独学で8ビートや16ビートやダブルストロークロールを習得していたが、アルバイトをしながらドラム・スクールにも通い基礎を学んだ[8]。ロックは特別に好きであったわけではなかったが、高校を出てからはレッド・ツェッペリンのドラマーであるジョン・ボーナム[9]LOUDNESS樋口宗孝を愛好するようになる[10]

つのだ☆ひろ主宰のサマードラムスクールに、高校時代に参加している。フルセット300万円のドラムセットを購入したという逸話もあり、とにかく形から入りお金を惜しまない性格だという。

ドラムスタイルは荒々しくも高速で、一発一発説得力のあるシングルストローカーである。コピーしようとしても、なかなか彼のように叩けないドラマーが多い。ドラムソロはライブの定番であり、彼もソロは大好きとのこと[2]

LUNA SEA

1989年にLUNA SEAの前身バンド「LUNACY」に高校の同級生であるSUGIZOとともに加入。1991年4月にそうる透に師事。言う事は全く聞かなかったそうで、何で俺の言う事聞かないんだ!と怒られたが、やっと個性が出来てきたね!と逆に褒められたそう。

1992年にLUNA SEAのメンバーとしてメジャー・デビュー[6]。LUNA SEAは1997年の活動休止、1998年の活動再開を経て2000年12月に終幕(解散)。2007年12月24日には1日限りの復活ライブを行った。

ソロ活動など

真矢がプロデュースするラーメン店「天雷軒 神谷町本店」の入口手前左に券売機が置いてある
真矢がプロデュースするラーメン店「天雷軒 神谷町本店」の外観
ラーメン店「天雷軒 神谷町本店」の琥珀醤油拉麺。麺と一緒に白髪ネギやチャーシュー、糸唐辛子などが盛り付けられた透き通った醤油ベースのスープ。
真矢がプロデュースするラーメン店「天雷軒 神谷町本店」の琥珀醤油拉麺(500円)

1997年、LUNA SEAの活動休止中に歌手としてマーキュリー・ミュージックエンタテインメントからデビュー。椎名へきるとデュエットを行う。同年に発売された『西城秀樹ROCKトリビュート』に「南十字星」で歌唱参加。

デビューからしばらくはYAMAHAのYD-9000レコーディングカスタムのドラムセットを使用。Kジルジャンのハイハットをはじめ、Aジルジャンのシンバルを愛用。タムは6個以上の多点キットを好み、鳴りの良いサウンドは初期のアルバムに散りばめられている。

ROSIERレコーディング時にいつも通り普通に叩いていた所、エンジニアから「何でいつもみたいなキャラ出してくれないの?」と言われ、この野郎!と荒々しく叩いたテイクがOKに。この時から彼自身レコーディングの概念が変わったという[1]

2000年にパール楽器製造とモニターアーティスト契約[11]。The Millennium Eveにて新セット黒蝶を披露。START UP GIG2000にてもう一つの新セット赤蝶を披露。5月12日にアイドルグループ・モーニング娘。の元メンバーで、タレントの石黒彩と結婚妊娠[12]。同日は石黒の22歳の誕生日でもあった。シグネチャーモデルのドラムスティックを発売。

2001年、ソロ活動を本格的に開始する。この年の11月のGROOVE DYNASTY 2001にて突如多点セットへと原点回帰。村上ポンタ秀一、林立夫、沼澤尚、村石雅行らと5人のドラムセッションを披露。

大黒摩季吉川晃司氷室京介などのライブ・レコーディングに主に参加し、数多くのミュージシャンとセッション活動をしている。

2005年、ボーカルに沖縄出身のMILKYを迎え、POTBELLY(ポトベリー)として始動する。ミニアルバム『CRASH! CRASH! CRASH!』でデビュー。同年に石黒との結婚5周年を記念し、出雲大社で結婚式を行う[13]

2009年、3月26日に東京都中野区にあるラーメン店「ラーメン龍」のプロデュースを担当し、新店名「ラーメン天雷軒」として開店する。10月7日より、同店が東日本橋にてリニューアル・オープン。東京・代官山にある、パワーストーン・水晶・天然石・アクセサリー専門店「Re:soul(リソール)」をプロデュースし、代表取締役社長を務めた。

2011年にGACKT率いる「YELLOW FRIED CHICKENz」に加入する。

晩年

2020年に大腸がんのステージ4であることが判明。ライブ活動のかたわら、7回にわたる手術と抗がん剤治療、放射線療法の併用により闘病を続ける[14]

2025年8月23日、めまいで倒れたことを公表[15]。当初は「耳石がずれているため」という判断を示していたが[15]、回復が認められず、脳神経外科でMRI検査を受けたところ、右側頭部に腫瘍が発見され、脳腫瘍と診断されたことを9月8日に公表[14]。以降、ライブ活動を停止して放射線治療に入り、11月予定のライブのドラム演奏については同郷で自身の弟子でもある淳士が受け持つ事になった[16]。同年11月9日にLUNA SEA主催で開催した音楽祭「LUNATIC FEST.」への登場が生前最後の公での場となった[17]

2026年3月12日のライブ復帰を目指していたが、同年2月中旬に容態が急変し、2月17日18時16分に死去。56歳没。訃報は同月23日未明にファンクラブより公表された。葬儀は既に近親者のみで執り行なわれた[17][18][19]。公選第20代秦野市長の高橋昌和も追悼文を公表した[20]。同年3月8日にぴあアリーナMM(神奈川県)で献花式が執り行われ、3万人のファンや音楽関係者が参列した[21][22]

同年5月14日、お別れの会が東京都内で開かれ、妻・石黒彩、LUNA SEAのメンバーなど、1,000人が参列した。祭壇にはドラム3台が飾られた[23]

人物

性格・嗜好

  • 幼い頃からの祭好きで、自宅に小型の御輿を所有するほどである[要出典]
  • 40代になった頃からゴルフを嗜んでおり、ゴルフ番組や企画にも出演する機会が増えていた[24]。妻の石黒も真矢に影響されてゴルフを始め、夫婦で共通の趣味を持つようになった[25]

音楽性

  • 師匠はそうる透であり[26]松岡昌宏(元TOKIO)は弟弟子にあたり、松岡が10代の頃からの付き合いである[27]。松岡は真矢の印象について「気の良いオッサン」と答えている[28]
  • 淳士SIAM SHADE)は真矢のローディーをしていた時期があり、弟子的存在である[29]
  • 「歌を殺すドラムを叩くのはクソだと思ってる。押さえたようなシンプルなドラムでも自分の持ち味が出せれば、最高・・・そのぶん、ドラム・ソロとかでは別の意味で自分を100パーセント出したくて・・・おカネをかけてしまった(笑)」[30]。    モニターに一番大きく返すのはボーカルだそう。
  • LUNA SEAの活動初期から中期(アルバム『STYLE』発表前後)にかけては、ツーバスに加えて多数のタムシンバルを並べ、頭上にもタムを設置するなど大掛かりなセットを組んでいたが、後期にはワンバスに少数のタム類など、一転して必要最低限のシンプルなセッティングになった[要出典]
  • LUNA SEAのライヴにおいて、空中で回転するドラムセットを使用したパフォーマンスを行ったことがあり、その費用は3,500万円もかかった。当初はドラムセットが前傾するのみだったが、後にはトミー・リーモトリー・クルー)やジョーイ・ジョーディソン(元スリップノット)のように頑丈に固定されたドラムセットが回転する大掛かりなセットで行った[要出典]
  • バスドラムの音量・音圧を確保するため、ペダルを踏む際には中央を踏まず、ペダルの端を斜めに蹴り出すように踏むスタイルをとっている(リズム&ドラムマガジンインタビューより)。
  • LUNA SEAのインディーズデビューとなった1991年から1996年の活動休止までエンドースメント契約していたドラムメーカーはヤマハ。ドラムのヘッドに墨汁を塗ってミュートとして利用する奇抜なテストを行ったことがある。1998年に活動再開してからはヤマハとのエンドースメント契約を解消し、ラディックのドラムセットを使用。2000年以降は25年に亘りパールと契約していた[11]
  • ピエール中野凛として時雨)や庄村聡泰(元[Alexandros])などの後輩ミュージシャンにも影響を与えており、特に庄村はテレビで演奏するLUNA SEAとそのドラムを叩く真矢が音楽の原体験である[要出典]

家族

ディスコグラフィ

シングル

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  発売日 タイトル 規格品番 収録曲 最高位 備考
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
1st 1997年9月26日 落下する太陽 PHDL-1101 15位
2nd 1997年11月21日 漂流者 PHDL-1103 39位 「真矢 with 椎名へきる」名義。
SRDL-4439 19位
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アルバム

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  発売日 タイトル 規格品番 収録曲 最高位 備考
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
1st 1997年12月10日 No Sticks PHCL-5077 - 秋元康プロデュース[32]
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ミュージックビデオ

  • MeLoDy (1997年8月21日、MVVH-3)- 出演・プロデュース
  • SHINYA LONDON CALLING (1998年2月)
  • 真矢 直伝 プロ・ドラマーの心得(アトス・インターナショナル、ATDV-81)

参加作品

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発売日 規格 アーティスト名 タイトル 参加曲
1997年7月24日 CD オムニバス 西城秀樹 ROCKトリビュート KIDS WANNA ROCK! 南十字星
1998年9月19日 CD オムニバス Cozy Powell Forever TRIBUTE TO COZY POWELL KILL THE KING
1999年1月21日 CD 椎名へきる Face to Face fly away
1999年3月17日 CD オムニバス Super Rock Summit 〜天国への階段〜 MODY DICK -BONZO'S MONTREUX-、WE'RE GONNA GROOVE
1999年6月30日 CD オムニバス SUPER ROCK SUMMIT RAINBOW EYES I SURRENDER、STILL I'M SAD
2001年10月24日 CD オムニバス REACTION Tribute Album Always On My Mind FOLLOW THE SHADOW
2009年4月22日 CD Ken IN PHYSICAL My Angel、Save me
2010年7月14日 DVD LOUDNESS 樋口宗孝追悼ライブ2009DVD Munetaka Higuchi Forever Our Hero Black Widow、Pray For The Dead、Drum Battleなど
2011年6月29日 CD buzzG 祭囃子 全曲。演奏メンバーは真矢(Drums)、Kei Nakamura(Bass)、 [TEST](Guitar)
2013年9月4日 CD オムニバス DEAD END Tribute -SONG OF LUNATICS- So Sweet So Lonely
2017年10月25日 CD ASAGI Seventh Sense/屍の王者/アンプサイ 屍の王者
2018年1月30日 CD 浅葱 天地行き来る小船、月界の御子、妖刀玉兎(いずれも和太鼓での参加)
2020年8月29日 CD 浅葱 アマビエ アマビエ(和太鼓での参加)
2024年8月1日 CD 浅葱 狐華火 狐華火(和太鼓での参加)
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タイアップ一覧

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使用年 曲名 タイアップ
1997年 落下する太陽 フジテレビ系『加トちゃんマチャミのお台場CHA・CHA!!』エンディングテーマ[33]
テレビ東京系クイズ赤恥青恥』エンディングテーマ[33]
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サポートを行ったミュージシャン

出演

テレビ番組

テレビドラマ

ラジオ番組

  • LUNA SEA真矢のG1 Grouper(1997年4月 - 1997年9月、TOKYO FM
  • LUNA SEA真矢のDEEPER STREET(1998年4月 - 9月、TOKYO FM)
  • LUNA SEA 真矢の深夜の課外授業(2000年4月 - 9月、TBSラジオ

その他

  • かっ飛びゴルフ塾【LUNA SEA真矢300yへの道】(2020年10月16日 - ) - レッスンプロのYouTube番組[36][37]
  • 薗田峻輔のドライブ&ゴルフ シーズン4(2018年、GOLF Net TV)
  • LUNA SEA真矢&たむプロの「レッスン交遊録」(2019年 - 、GOLF Net TV)

脚注

関連項目

外部リンク

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