中学時代の部活動はコーラス部だったが、高校入学式当日にバレーボール部監督に、170cmの長身を見込まれて勧誘を受けた。農業を営む両親は、最初は「お好きなように」と認めてくれたが、農繁期でも家業を手伝いできず、矢野がバレーボール部活動を続けることに後に反対にまわったという。
日立武蔵に入団を決めたのは、山田重雄が言った「モントリオールオリンピックを目指しているから協力してくれ」の一言だったという。日立武蔵入団後には前年のレギュラーが4人同時に抜けたこともあり、吉田真理子や高柳昌子との同期ライバル競争に勝ち、都市対抗バレー(現・黒鷲旗大会)からレギュラーを獲得した。