小川かず子
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人物・エピソード
高校時代についたニックネームは「ケロ」。顔がカエルに似ていることが由来[1]。後にユニチカ監督の小島孝治(当時)からはよく「トノサマ」とからかわれた。
日本電気所属であった森下由紀子は短大のチームメイトである。森下曰く、小川の性格は意地っ張りだが、思いやりがあるやさしい性格という。短大入部時に先輩たちがつけたニックネームの"ガン"が気に入らず、最後まで「ケロ」を押し通した[2]。
1978年の世界選手権で、本人はピンチサーバーかレシーバーのつもりだったというが、最終戦のソ連戦に敗れたあと、山田監督とのミーティングで「ピンチサーバーで入ったら、私にワンセッターやらせて下さい」と直訴した[3]。これが功を奏したか、その後の国際試合からは小川のワンセッターが実現、松田紀子の後継セッターとなり活躍することになった。
球歴
受賞歴
- 1978年 - 第27回全日本都市対抗大会 若鷲賞(最優秀新人賞)
- 1980年 - 第13回日本リーグ ベスト6
- 1981年 - 第14回日本リーグ ベスト6
- 1981年 - 第30回全日本都市対抗選手権 黒鷲賞(最高殊勲選手)
- 1982年 - 第31回全日本都市対抗選手権 敢闘賞
- 1982年 - 第15回日本リーグ 敢闘賞、レシーブ賞、ベスト6