その後、手が入れられなかったため南九州中世城郭の典型例を残している。
シラス台地を利用した南北800メートル、東西900メートル、面積45万平方メートルという壮大な城郭で、大きな谷を空堀として利用し、本丸以外の曲輪は二重の深い空堀で更に囲まれていた。中核となる「本丸」の他「今城」「蔵の城」「弓場城」などの曲輪と「式部殿城」「児城」「東之栫」「西之栫」「南之栫」「伊豆殿屋敷」等の出城から成り立っていた。
近年の発掘調査で15世紀-16世紀の中国陶磁や洪武通宝、東南アジアで生産された陶器が出土した。