砺波チューリップ公園
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| 砺波チューリップ公園 Tonami Tulip Park | |
|---|---|
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| 分類 | 都市公園(総合公園) |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯36度38分24.7秒 東経136度57分42.4秒 / 北緯36.640194度 東経136.961778度座標: 北緯36度38分24.7秒 東経136度57分42.4秒 / 北緯36.640194度 東経136.961778度 |
| 面積 | 約7.9ha(79,435 m2[1]) |
| 前身 | 富山県農業試験場砺波園芸分場[2][3] |
| 開園 | 1964年(昭和39年)[3] |
| 運営者 | (公財)砺波市花と緑と文化の財団 |
| 設備・遊具 |
チューリップタワー 五連水車〈日本最大級〉 機関車「中越弁慶号」(1050形) チューリップ四季彩館 |
| 駐車場 | 有 |
| アクセス |
西日本旅客鉄道(JR西日本)城端線砺波駅より徒歩約15分 北陸自動車道砺波ICから車で約5分 能越自動車道小矢部東ICから車で約17分 |
| 公式サイト | 砺波チューリップ公園 |
砺波チューリップ公園(となみチューリップこうえん、英: Tonami Tulip Park)は、富山県砺波市花園町にある都市公園(総合公園)である。
富山県の県花、砺波市の市花であるチューリップをテーマとして四季折々の花を楽しむことができる。毎年、春に「となみチューリップフェア」、冬に「KIRAKIRAミッション」が開催されている[4][5]。
砺波チューリップ公園は、富山県農事試験場出町園芸分場(現在の富山県農林水産総合技術センター園芸研究所果樹研究センター)[2]が由来とされる[6]。第二次世界大戦後、1951年に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指導により園芸分場の廃止案が上がった[6]。同年、生産農家や研究者が分場の一般開放を考案し[7]、GHQ関係者を招待。チューリップが咲く風景を見て廃止案を撤回した[6]。これが現在の「となみチューリップフェア」の前身にもなっている。
1964年、砺波園芸分場(砺波市市制移行後に名称変更)の果樹部門が魚津市へ移転後にチューリップフェアの会場も現在のチューリップ公園へ会場を移し開園した[3]。1976年に公園整備に着手し、1986年の第35回となみチューリップフェア開催時に現在の公園の整備が完了した[7]。
歴史
- 1952年(昭和27年)4月29日 - 5月3日 第1回となみチューリップフェアが「出町園芸分場」にて開催[6][7]。
- 1953年(昭和28年) 新しくなった富山県立砺波高等学校体育館で切花品評会
- 1954年(昭和29年)3月22日 チューリップが富山県の郷土の花に選ばれる[8]。第3回となみチューリップフェア開催。
- 1956年(昭和31年) 砺波市市街地にアーチや花首のデコレーションが登場。
- 1957年(昭和32年) 入場者10万人を突破
- 1958年(昭和33年)10月22日 昭和天皇・皇后が砺波市へ行幸啓[9]。
- 1959年(昭和34年) 新作チューリップ音頭発表
- 1961年(昭和36年)10月14日 当時の皇太子夫妻が砺波市を訪問[9]、第10回チューリップフェア開催。
- 1962年(昭和37年)6月 県農業試験場砺波園芸分場の懇談会で、公園建設構想が打ち上げられる[10]。
- 1963年(昭和38年)10月3日 自衛隊砺波駐屯部隊の協力を得て着工[11]。
- 1964年(昭和39年)3月 旧砺波園芸分場の果樹部門(魚津市に移転)跡地を砺波市が県から借用して砺波チューリップ公園が整備され[3][10][12]、第13回となみチューリップフェア開催。
- 1965年(昭和40年) 中越弁慶号保存会が完成。
- 1966年(昭和41年) チューリップ公園管理棟(旧)完成、入場者が23万人を突破。
- 1968年(昭和43年) 児童交通公園[注釈 1] が完成。
- 1972年(昭和47年)4月26日 チューリップ公園のシンボル「チューリップタワー[注釈 2]」が完成[7][13][14]。
- 1974年(昭和49年) 第1回ミスチューリップコンテスト開催。
- 1975年(昭和50年) 会場駐車場増設。
- 1976年(昭和51年)3月31日[15] チューリップ公園総合計画を制定し、同年5月に都市公園整備事業として認可される[10]、同年中に砺波市内の高波にあった旧中嶋家を移築[16]。
- 1978年(昭和53年) 円形花壇完成。
- 1979年(昭和54年)
- 1980年(昭和55年) 公園内に池、北門、擬木橋完成。ミスフラワーラインを選考。
- 1981年(昭和56年) 東門、芝生広場、しょうぶ園完成[10]。
- 1982年(昭和57年)4月27日 砺波市文化会館[18]完成。同年中に野外ステージ、円形噴水[20]、園路灯、おまつり広場完成。
- 1983年(昭和58年) おまつり広場タイル貼り、四阿2棟、チャンドラ号展示館完成。
- 1985年(昭和60年) チューリップ公園管理棟完成。
- 1986年(昭和61年)
- 1989年(平成元年) 駐車場1,250台分を整備。
- 1992年(平成4年)
- 1993年(平成5年) となみチューリップフェアの運営を砺波市から第三セクターの「フラワーランドとなみ」へ移管[24]。
- 1995年(平成7年) 新又口用水を利用した水車苑造成[1]。
- 2000年(平成12年) となみチューリップフェアの運営をフラワーランドとなみから花と緑の財団(現在の砺波市花と緑と文化の財団)へ移管[25]。
- 2001年(平成13年) 第50回となみチューリップフェア開催[注釈 5]
- 2005年(平成17年) チューチップ公園北門口にチューリップベルを設置。[注釈 6]
- 2007年(平成19年) 五連揚水水車を改修。
- 2008年(平成20年) チューリップタワーの花の部分を改修。
- 2009年(平成21年) 砺波市美術館北側に遊具ゾーンを整備。
- 2011年(平成23年) 第60回記念となみチューリップフェア開催。
- 2017年(平成29年) チューリップ公園北門を改装。
- 2020年(令和2年)7月 新チューリップタワー建設開始[26][27]。
- 2021年(令和3年)
- 2025年(令和7年)4月5日 - 南門(鉄骨平屋建て、伝統的家屋洋式『マエナガレ』を生かした造り)の完成セレモニーを開催[33]。
チューリップタワー
初代
公園内のシンボルであるチューリップタワーは高さ21.9m、1972年(昭和47年)4月26日[14]に1970年大阪万博の中央広場に設けられた太陽の塔に魅せられて、「チューリップ公園にも立派なシンボルタワーを」と、第20回チューリップフェアの記念事業として建設したもので、2008年(平成20年)チューリップタワーの花の部分を改修、上部の赤いチューリツプのオブジェは高さ3m、幅1.8mあるが[26]、老朽化のため現タワーの東側に2021年(令和3年)の70回記念チューリップフェア開催までに新タワーを建て替えることとなり、初代は同年6月初旬に解体されることとなった。跡地には、直径26.8mの花壇が設置され、花壇中央には初代タワーの赤いチューリップのオブジェが再塗装され設置され[32]、2021年(令和3年)11月21日に除幕式が執り行われた[34]。
二代
2021年(令和3年)3月下旬完成し[26][27]、同年4月22日に完成式が行われた新(二代)タワーは[29]、高さは約26mと、初代タワーより約4m高くなり[27]、展望台の位置も約1m高い[35]。新タワーの各頂点には高さ約2m、幅約1.6mの3品種のチューリップのオブジェ(赤「とやまレッド」、白「白雲」、黄「黄小町」)が取り付けられている[26][27]。また、展望台に続く螺旋階段の途中高さ4mの位置には、延長が138mあるスカイウオーク(展望園路)に繋がっている[30][36]。
2021年(令和3年)の70回記念チューリップフェア終了後の6月上旬に、初代タワーは取り壊されるため、2本のタワーが並ぶ最初で最後のフェアとなり[37][29]、5月下旬から29日まで、2本のタワーがライトアップされ[38]、29日には旧タワーのクロージングイベントが開催された[39]。

