碭山県
中華人民共和国の安徽省宿州市に位置する県
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地理
歴史
秦の始皇帝26年(紀元前221年)、郡県制が施行され碭郡と碭県が置かれた。県城の東南に碭山(現在は河南省永城市に属する)があったことにちなむ。漢の高祖5年(紀元前202年)、碭郡は廃止され、碭県は梁国に属することになった。新の始建国元年(9年)、碭県は節碭県に改められたが、後漢の光武帝が碭県の名に戻した。
三国時代には魏は梁国を廃し、徐州に属したが西晋の泰始元年(265年)に梁国が復活し碭県は下邑県に属するようになった。北魏の孝昌2年(526年)には碭郡と碭県が復活し、北斉の天保6年(555年)には碭郡も碭県も廃止され安陽県が置かれた。
隋の開皇18年(598年)、安陽県は碭山県に改められ睢陽郡の下に置かれた。唐末には宋州に、光化2年(899年)には輝州に属し、後唐には単州に属した。
金の興定元年(1217年)には碭山は帰徳府の管轄下に置かれ、興定5年には永城県が永州に昇格し碭山を管轄下においた。元の至元2年(1265年)には永州は再び永城県に降格し、碭山県は単父県に編入されたが翌年には碭山県が復活し、済寧路の管轄下となった。
明の洪武8年(1375年)、碭山県は徐州に属した。1912年、中華民国成立後は江蘇省徐海道、後に江蘇行政督察銅山区、さらに江蘇省行政督察第九区の所轄となった。1949年、中華人民共和国成立後は商丘や宿県・徐州などの間を転々とし、江蘇省などへ移管されたが1955年以来安徽省に属するようになった。2000年4月、宿県地区は廃止され宿州市となり、碭山県も宿州市に属するようになった。
行政区画
- 鎮:碭城鎮、趙屯鎮、李荘鎮、唐寨鎮、葛集鎮、周寨鎮、玄廟鎮、官荘壩鎮、曹荘鎮、関帝廟鎮、朱楼鎮、良梨鎮、程荘鎮

