栃木県那須郡馬頭町(現・那珂川町)出身[2]。高等小学校卒業後、常磐炭鉱に入るが、1年で退社[1]。裁判所職員を経て、朝鮮総督府警察学校に入り、刑務官となる[1]。1946年(昭和21年)に帰国、常磐炭鉱に再就職、同所の労働組合に入り、組合長となる。
1957年(昭和32年)の常磐市長選挙に日本社会党公認で立候補し、現職の矢吹荘司を破って初当選する[4][5]。
※当日有権者数:22,455人 最終投票率:92.7%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 磯野清治 | 44 | 日本社会党 | 新 | 7,399票 | 35.7% | - |
| 矢吹荘司 | 73 | - | 現 | 5,881票 | 28.4% | - |
| 松本久吉 | - | - | - | 5,834票 | 28.2% | - |
| 日野利春 | - | - | - | 1,588票 | 7.7% | - |
前回破った新人ほか2人との争いとなったが、これを破って再選を果たした[5]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 磯野清治 | 48 | - | 現 | 14,616票 | 65.3% | - |
| 松本久吉 | - | - | - | 7,319票 | 32.7% | - |
| 大村哲也 | - | - | - | 237票 | 1.1% | - |
| 大西亀吉 | - | - | - | 227票 | 1.0% | - |
共産党の新人との争いとなったが、これを破って3選を果たした[6]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
| 磯野清治 | 52 | 無所属 | 前 | 12,982票 | 87.3% | - |
| 渡辺藤一 | - | 日本共産党 | 新 | 1,891票 | 12.7% | - |
いわき市と合併するまで市長を務めた[3]。合併後はいわき市参与となった[7]。
このほか常磐市社会福祉協議会会長、日赤常磐地区長[1]、常磐地区労議長、日本社会党県支部会計監査地労委員、県労働金庫理事[8]、全国市長会評議員などを務めた[1]。1987年死去。死没日付をもって正六位に叙された[9]。