沼田一夫

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沼田 一夫(ぬまた かずお、1908年明治41年〉6月30日[1] - 1965年昭和40年〉11月22日[1])は、福島県内郷市(現・いわき市位階従六位勲五等双光旭日章

学歴

青森県弘前市出身[1]。福島県立磐城中学校(現・福島県立磐城高等学校)、旧制第二高等学校を経て、東北帝国大学を卒業する[1]

官吏歴

卒業後は満州国に渡り、大同学院に入り、満州国の官吏となる[1]1943年上海の満州国総領事館領事となる[1]終戦後は日本に引揚げ、経済安定本部に入り、同嘱託から経済査察官となった[1]

政治歴

1951年、福島県内郷町の町長選挙に立候補し、当選する[1]1954年、内郷町の市制施行により、市長となる[2]1955年の市長選挙で再選[2]1959年1963年の市長選挙で連続当選した[2]

在職中は福島労災病院を誘致し、内郷ヘルスセンター[3]、内郷市公会堂、牛乳処理所、授産所を設立して地域振興に努め、いわき地域の広域合併を提唱していたが、1965年に市長在任中のまま死去[4]。死没日付をもって従六位に叙され、勲五等双光旭日章を追贈された[5]

家族

脚注

参考文献

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