神奈川県道50号座間大和線
神奈川県の道路
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概要
この道路は通称「座間街道」と呼ばれており、起点の相武台団地入口交差点の延長上に神奈川県道507号相武台相模原線があり、地元では神奈川県道507号相武台相模原線(村富線)と一体化して認識されている。
また、神奈川県道50号と同507号をあわせると国道16号の旧道と接続されていることから、国道16号の迂回路としても利用されている。
元々周辺に物流拠点や工場が多く存在し、付近の大型商業施設への接続道路となっていたために渋滞が発生していたが、座間市の道路脇にイオンモールが開店したことにより慢性的に渋滞が発生する状況である。週末の昼間は渋滞が県道内で捌ききれず、付近の道路まで連鎖的に渋滞しているような状態になっている。行政側もこの問題は認識しており、変則交差点(小松原交差点、座間市)を改良して信号を減らすなどの対策が実施されたが根本的な解決には程遠いというのが現状である。
路線データ
- 全長:4.8km
- 起点:座間市相模が丘[1] 相武台団地入口交差点(北緯35度30分29.7秒 東経139度24分51.8秒、神奈川県道51号町田厚木線・神奈川県道507号相武台相模原線接続)
- 終点:大和市下鶴間 下鶴間交差点(北緯35度30分16.4秒 東経139度27分51.5秒、神奈川県道56号目黒町町田線)
歴史
1946年(昭和21年)に米軍の軍用道路(相武台新道)として工事が開始されたとされるが、実際の工事進捗には地域差があったとみられている。国土地理院が公開している1947年(昭和22年)撮影の米軍空中写真(米軍撮影番号:USA-M445-A-6-136など)を確認すると、終点側である下鶴間(大和側)周辺では着工の形跡が認められるものの、起点側である座間市の広野台(元広野窪)周辺においては、当時一面に広がっていた桑畑に道筋や工事の明確な形跡は一切確認できない。その後、1948年(昭和23年)から1955年(昭和30年)にかけては、本路線の周辺地域における空中写真データが国土地理院の公開情報においてほぼ完全に空白となっている。これは、1950年(昭和25年)に米陸軍第8軍司令部がキャンプ座間へ移転・設置されたことに伴い、冷戦期における最重要軍事拠点周辺の防諜・安全保障上の観点から、航空撮影および地理情報の公開が極めて厳しく統制・差し止められていたためと考えられている。実質的な広野台区間の割地や工事は、この写真空白期(1950年代初頭)に急ピッチで進められたと推測され、1953年(昭和28年)末の全面開通、1954年(昭和29年)10月の県道認定へと繋がっていく[注釈 1][注釈 2][注釈 3]。
年表
- 1939年(昭和14年)11月28日 - 士官学校前駅踏切前起点(高座郡座間町座間字大坂台4518-6) ⇔ 江戸街道 ⇔ 小池窪 ⇔ 鶴間街道 ⇔ 下鶴間(旧国道16号・高座郡大和村下鶴間字乙三号2137)の道路、県道座間下鶴間線と認定される(路線認定告示で用いられる整理番号142)[注釈 4]。
- 1946年(昭和21年)月日不詳 - 米軍の軍用道路として相武台新道工事、旧国道16号下鶴間側から着工[注釈 5][注釈 6][注釈 7]。
- 1953年(昭和28年)
- 1954年(昭和29年)
- 1956年(昭和31年)1月27日 - 神奈川県道50号座間大和線、座間都市計画道路「 3・4・4 座間大和線」に決定。
地理
通過する自治体
経路および交差する道路・鉄道路線
- 神奈川県座間市
- 相武台団地入口交差点(神奈川県道51号町田厚木線(行幸道路)・神奈川県道507号相武台相模原線)
- 相武台跨線橋【相武橋(そうぶばし)】(北緯35度30分26.9秒 東経139度24分56.8秒、小田急小田原線)
- 神奈川県大和市
- 山王原跨線橋【山王橋(さんのうばし)】(北緯35度30分3.8秒 東経139度26分42.6秒、小田急江ノ島線)
- 下鶴間交差点(神奈川県道56号目黒町町田線)
起点・終点の両区間内に交差する国道はなし。県道は、始点相武台団地入口交差点で県道51号(通称行幸道路)と交差する。
周辺の施設
- 座間市立相模が丘小学校
- 座間市立相模野小学校
- 座間市立相模中学校
- カレスト座間
- イオンモール座間
- イオンシネマ座間
- 大和市立緑野小学校
- 聖セシリア女子中学校・高等学校
- 聖セシリア小学校
- りんかんモール
- イオンスタイルつきみ野(前イオンつきみ野店)
その他、多数の工場が沿線に立地する。
参考文献
- 『座間市史第4巻』
- 『土地宝典』「神奈川県高座郡座間村地番反別入図」大日本市町村地番反別入地図刊行会/編 昭和3年(1928年)12月25日刊行
- 『座間の地名』執筆・編集 座間市文化財調査員協議会 平成17年(2005年)3月31日・座間市教育委員会発行
- 『座間の語り伝え 村制編1村の起こり』編集者:語り伝え聞き取り調査団・企画課市史編さん係 発行者:座間市企画財政部企画課市史編さん係 発行日:昭和57年(1982年)4月1日
- 『座間むかしむかし第1集』発行:昭和32年(1957年)10月15日 発行者:座間町教育委員会
- 『座間むかしむかし第3集』発行:昭和49年(1974年)5月20日 発行者:座間市教育委員会
- 『座間むかしむかし第6集』発行:昭和57年(1982年)1月16日 発行者:座間市教育委員会
- 『座間むかしむかし第7集』発行:昭和58年(1983年)3月31日 発行者:座間市教育委員会
- 『座間むかしむかし第25集』発行:平成15年(2003年)3月28日 発行者:座間市教育委員会
- 『相模野小学校五十周年記念誌』発行者:相模野小学校創立50周年記念事業実行委員会 発行日:平成23年(2011年)11月25日
- 『広報ざま縮刷版 第1巻』
- 『広報ざま縮刷版 第2巻』
- 『相模原市史第2巻』発行者:相模原市長 河津 勝 発行日:昭和42年(1967年)3月
- 『相模原市史第4巻』発行者:相模原市長 河津 勝 発行日:昭和46年(1971年)3月18日
- 『相模原市史現代資料編』発行者:相模原市史編さん室 発行日:平成20年(2008年)3月25日
- 『郷土史としての相武台陸軍士官学校』涌田佑/著 平成18年(2006年)11月1日発行
- 『大和市史研究 第9号』 鶴間新町のルーツを探る —座談会—(岩崎房吉・小松一男 ・杉崎貴重・関水義治・高橋治作・高橋冨蔵・市史編さん事務局)…昭和58年(1983年)3月発行
- 『相模原津久井・町田の電信電話史』相武電鉄上溝浅間森車庫付属資料館 平成31年(2019年)3月10日発行
- 『小松原開拓百年史』総著者/大塚喜代治・小松原稲荷神社氏子一同 平成16年(2004年)10月吉日発行
- 『三十周年誌・相武台歴史同好会』 発行者:相武台歴史同好会 平成22年(2010年)12月発行
- 『相模野台地の開拓と発展調査報告書』編集:座間ふるさとガイドの会 発行者:座間市教育委員会 平成28年(2016年)発行
- 『大和市史 5 資料編 近現代(上)』
- 『大和市史 6 資料編 近現代(下)』
- 『座間市史 3・4 近現代資料編』
- 『座間市史資料叢書』
