神州天馬侠
吉川英治による少年冒険小説
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概要
武田勝頼の遺子である伊那丸を主人公に、武田家滅亡で生き延びた伊那丸が忠義の七士とともに武田家再興を志し京都へ旅発ち、行く手を阻む敵と死闘を繰り広げる物語。挿絵は躍動感のある武者画を得意とする日本画家の山口将吉郎が手がけている。
1914年(大正3年)に創刊された『少年倶楽部』は、1921年(大正10年)に加藤謙一が責任編集者となり、それまでの講談読物中心の誌風から少年小説を中心とする誌面改革を行い、吉川英治をはじめ大佛次郎ら人気作家を数多く招き、本作が連載されている時期は同社の他誌とともに築かれた講談社文化の黄金期にあたる。
吉川英治は1925年1月に講談社『キング』創刊号においてはじめて「吉川英治」のペンネームを用いて『剣難女難』を発表し、少年小説家としての地位を確立する。その後は『少年倶楽部』で『天兵童子』(1937年(昭和12年) - 1940年(昭和15年)連載)などを連載しているが、やがて少年作品から大衆文学へと移り、『宮本武蔵』などの時代小説の大作を発表して大衆小説家として活躍する。
戦後の一時期、GHQの方針によって『新州天馬侠』と改題させられていた。
映画
映画は全部で7本上映された。全て白黒作品で、大映以外は上映時間が1時間未満の「SP映画」であり、特に日米映画・新東宝版は第四部を除き「40分未満」という短編作品である。
- 神州天馬侠
- 1952年12月11日公開[1] / 配給:大映[1] / 監督:田坂勝彦[2][1]
- 神州天馬侠 第一部 武田伊奈丸
- 1954年12月28日公開 / 日米映画 / 配給:新東宝 / 監督:萩原章[3]
- 神州天馬侠 第二部 幻術百鬼
- 1955年1月3日公開 / 日米映画 / 配給:新東宝 / 監督:萩原章[4]
- 神州天馬侠 第三部 火ごま水ごま
- 1955年1月9日公開 / 日米映画 / 配給:新東宝 / 監督:萩原章[4]
- 神州天馬侠 第四部 天動地変
- 1955年1月15日公開 / 日米映画 / 配給:新東宝 / 監督:萩原章[4]
- 神州天馬侠
- 1958年9月10日公開 / 配給:東映 / 監督:大西秀明[5]
- 神州天馬侠 完結篇
- 1958年9月23日公開
人形劇
テレビドラマ
1961年版
1961年(昭和36年)7月2日から同年12月24日までフジテレビ系列局で放送。岡三證券(現・岡三証券グループ)の一社提供。放送時間は毎週日曜 11時15分 - 11時45分 (日本標準時)。
出演者
- 長田秀幸
- 市川とよみ
- 名和宏
- 片岡孝夫(後の十五代目片岡仁左衛門)
- 佐藤蛾次郎
- ほか
参考:テレビドラマデータベース[どれ?]、読売新聞縮刷版[要ページ番号]
1967年版
1967年(昭和42年)6月18日から同年12月31日まで松竹テレビ室と朝日放送の共同製作により[6]、TBS系列局で放送。ダイハツ工業の一社提供。全29話[6]。放送時間は毎週日曜 18時30分から19時[6](日本標準時)。
本作には大鷲のクロが登場するが、これは『ウルトラマン』(1966年 - 1967年)などで知られる高山良策の造型物である[6]。
長年にわたりソフト化・視聴の機会には恵まれていなかったが、2024年1月31日にBDが発売された[7]。
出演者
スタッフ
主題歌・挿入歌
- 主題歌
- 「神州天馬侠」(歌:山田太郎)
- 作詞:見尾田瑞穂、作曲・編曲:木下忠司
- 挿入歌
- 「黒ワシのうた」(歌:山田太郎)
- 作詞:見尾田瑞穂、作曲・編曲:木下忠司
放送局(1967年版)
- 朝日放送(現・朝日放送テレビ):日曜 18:30 - 19:00
- 北海道放送:日曜 18:30 - 19:00[8]
- 青森放送:日曜 7:30 - 8:00[8]
- 岩手放送:日曜 18:30 - 19:00[8]
- 東北放送:日曜 18:30 - 19:00[8]
- 福島テレビ:日曜 8:00 - 8:30[8]
- 新潟放送:日曜 18:30 - 19:00[8]
- TBS:日曜 18:30 - 19:00
- 中部日本放送(現・CBCテレビ):日曜 18:30 - 19:00[9]
参考:『朝日放送の50年・資料編』[要ページ番号]