神田愛山
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神田 愛山(かんだ あいざん、Aizan Kanda)は、講釈師の名跡。当代は二代目。
- 初代神田愛山(1906年10月7日 - 1937年10月7日(31歳没)) - 三代目神田伯山の門弟。1933年に真打昇進。侠客物得意とし嘱望されたが、上海戦線で戦死という不慮の死を遂げる。本名∶浜口 千代吉[1]。
- 神田愛山 - 後∶六代目小金井芦州
- 二代目神田愛山 - 当代。本項にて記述
| 二代目 KANDA Aizan the 2nd | |
| 本名 | 佐藤 清高 |
|---|---|
| 生年月日 | 1953年11月26日(71歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 二代目神田山陽 |
| 名跡 | 1. 神田一陽 (1974年 - 1987年) 2. 二代目神田愛山 (1987年 - ) |
| 活動期間 | 1974年 - |
| 所属 | 日本講談協会 |
| 公式サイト | 神田愛山の講談読み物帳 |
| 受賞歴 | |
| 1981年 本牧亭講談奨励賞 | |
| 備考 | |
| 日本講談協会理事 | |
二代目 神田 愛山(かんだ あいざん、1953年11月26日 - )は、日本の講談師。本名は佐藤 清高。栃木県出身。日本講談協会所属。同協会常任理事。
栃木県佐野市生まれ。1962年、父親が日立製作所に転職したのを機に、静岡県清水市(現在の静岡市清水区に転居。清水市立商業高校卒、駒澤大学文学部国文科中退。大学時代には落語研究会に所属。落語家を目指すが口調が講談向きだと進められ講談師になる。
1974年、二代目神田山陽に入門し、神田一陽を名乗る。1977年、二つ目に昇進。アルコール中毒で破門。数年後アル中を断ち切り破門を解かれて復帰。
1987年、真打昇進、二代目神田愛山を襲名。
得意ネタは「清水次郎長伝」「徳川天一坊」「双蝶々廓日記」[2]等一席物を多く演じる。また新作を多く生み出し、文芸講談まで幅広い。アルコールに耽溺した過去の経験から「アル中講談」や健康に関する講演活動も行なう。
2021年10月29日より神田伯山 (6代目)と『相伝の会』と銘打ち、愛山が口演したネタを次回、伯山がネタおろしし、講談の読み物を伝授するシリーズを開始する[3][4][5][6][7]。
芸歴
人物
受賞
著書
- 『酒とバカの日々 - アル中からの脱出』1989年4月、木耳社、ISBN 4839364826[11]
- 『アル中酩々伝 - どう、帰りに一杯やらない?』1989年10月、五月書房、ISBN 4772701001
- 『酔って件の如し』1990年10月、五月書房、ISBN 4772701478
- 『どうしようもないわたし…の酒―愛山アル中講談ネタ下ろし』1992年10月、五月書房[12]
- 『ベラ 私小説掌編集』サイバー出版センター、2015年[13]
共著
- 『バイ菌は悩まない―不安なこころの処方箋』なだいなだ共著 1997年11月、五月書房、ISBN 978-4772702089
- 『神田愛山半生記 愛山取扱説明書』 神田愛山、瀧口雅仁 2025年6月、田畑書店 ISBN 978-4803804720
CD
- 「神田愛山 講談集」(ソニー・ミュージックレーベルズ)2024年5月29日[14]
- 自主制作
- 「徳川天一坊(大団円)天一坊召し取り」[15]
- 「(赤穂義士銘々伝)勝田新左衛門」「(露地野裏人作)初夢の女」 など
以上は自主制作。通販はなく、主催会および「らくごカフェ」(東京・神田神保町)のみにて販売。
出演
主な公演
- 「天保水滸伝2020リレー」神田春陽、神田伯山 (6代目)と。
- 神田伯山と『相伝の会』 愛山の口演ネタを次回、伯山がネタおろし。講談の読み物を伝授するシリーズ(2021年10月29日より)