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福原力也

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本名 福原 力也
身長 173cm
国籍 日本の旗 日本
福原 力也
基本情報
本名 福原 力也
階級 フェザー級
身長 173cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1978-12-18) 1978年12月18日(46歳)
出身地 千葉県市川市
スタイルボクサー
プロボクシング戦績
総試合数 39
勝ち 30
KO勝ち 22
敗け 8
引き分け 1
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福原 力也(ふくはら りきや、1978年12月18日 - )は、日本の元プロボクサー千葉県出身。第30代日本スーパーバンタム級王者。ワタナベボクシングジム所属。入場テーマ曲はLinkin Parkの「Numb」。

2000年6月27日、21歳の時にスーパーバンタム級でプロデビュー、初回TKO勝ちを収めた[1]

2001年9月28日、東日本スーパーバンタム級新人王トーナメント準決勝で望月義将(大橋)と対戦し、判定で引き分けたが望月の優勢勝ちとなり敗退した[1]

2004年1月21日、元日本フェザー級王者の雄二・ゴメス(八王子中屋)に8回KO勝ちを収めた[1]。この試合後、福原は日本ランクを獲得、雄二・ゴメスは3年半近くリングを去ることになった。

2005年2月19日、日本スーパーバンタム級1位として4位小田島務(新日本仙台)との日本ランカー対決で8回TKO勝ちを収めた[1]

2005年9月22日、日本スーパーバンタム級王者木村章司花形)を10回判定で下し、王座を獲得[1]

2006年2月11日、酒井俊光(三迫)と対戦し、8回TKO勝ちを収め初防衛に成功した[1]

2006年6月17日に行われた山中大輔(白井・具志堅)と対戦し、試合中に右腕を骨折。左手一本で戦う執念を見せたものの、9回TKO負けを喫し2度目の防衛に失敗、王座から陥落した[1]

2007年3月3日、約9か月ぶりとなった復帰戦では、1階級上げてフェザー級に転向。ブランクを感じさせない動きで、3回KO勝ちを収めた[1]

2007年12月8日、高山和徳(船橋ドラゴン)とのフェザー級8回戦では試合中に古傷の右腕を骨折し、タオルが投げ込まれて4回KO負けを喫した[1]

2009年5月29日、小林生人(角海老宝石)との58.0kg契約8回戦に2回1分11秒TKO勝ちを収めた[2][1]

2009年8月13日、OPBFスーパーフェザー級5位で日本スーパーフェザー級1位の阪東ヒーロー(フォーラムスポーツ) とのスーパーフェザー級8回戦に3-0の判定勝ちを収め[3][1]、12月16日までに復帰後3連勝(うち2KO)を上げた[4]

2010年5月17日、さいたまスーパーアリーナでOPBFスーパーフェザー級4位・日本同級1位として、OPBFフェザー級3位・フィリピンスーパーフェザー級1位のフェルナンド・オティックとスーパーフェザー級8回戦を行い、3-0の判定で4連勝となった[1][5]

2010年7月28日、後楽園ホールにて、WBA世界スーパーフェザー級11位としてヤコブス・エルーカ(インドネシア同級7位)とのスーパーフェザー級10回戦が予定されていた。元々OPBF同級王者川村貢治が同1位グレグ・イーディー(オーストラリア)と対戦予定だったが、川村が眼疾でタイトルを返上し、イーディーと福原による王座決定戦となるはずだったものの、イーディーが怪我により試合を行えなくなった経緯がある[6]。ところが、そのエルーカもまた負傷による棄権をしたために試合は中止となり、この日の福原は当日午後に連絡を受けたという内山高志と2分3Rの特別スパーリングを披露した[7]

2010年9月20日、さいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナで行われたダブル世界戦の前座でWBOユース王者でOPBF3位のアラン・タナダ(フィリピン)と東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦を行い、3回に2度のダウンを奪われた後に連打を喰らったところでレフェリーが試合を止め、TKO負けで王座獲得に失敗した[8][1]

2011年1月31日、東京・有明コロシアムにて、岡田誠一(大橋)と日本スーパーフェザー級王座決定戦を行うも1-2(96-95、2者が95-96)の僅差判定負けを喫した[9][1]

2011年8月6日、元WBA世界スーパーバンタム級王者の李冽理横浜光)とフェザー級10回戦を行うも5回TKO負けを喫した[10][1]

2012年10月2日、細野悟(大橋)とノンタイトル10回戦を行い、積極的に出て序盤を先制したが 4回あたりから強烈なボディを入れられ動きを鈍り、中盤あたりから相手にペースを握られ7回には連打に耐え切れずロープを背にしたままのダウン。最後はセコンドがタオルを投入し、7回TKO負けを喫した[11][1]

2013年6月21日、伊藤 圭太(花形)とノンタイトル8回戦を行い、4回2分46秒TKO勝ちを収めた[1]

2013年12月18日、元日本スーパーバンタム級王者芹江匡晋と56.2kg契約体重で対戦。ダウンの応酬の末、3対0の判定で勝ちを収めた[12][1]

2014年5月3日、ハデレス・パドゥアフィリピン)と125ポンド契約8回戦を行い、初回1分12秒KO勝ちを収めた。

2014年10月24日、ティエンダン・マノプルンロットタイ)とノンタイトル8回戦を行い、2回1分52秒KO勝ちを収めた。

2015年3月5日、日本フェザー級王者細野悟(大橋)と対戦し、0-3(91-98、92-98、94-95)の判定負けを喫し2階級制覇に失敗した[13][1]

2016年12月19日、後楽園ホールで引退試合としてアルビン・バイス(フィリピン)と対戦し、2回39秒KO勝ちを収めた[14][1]

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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