秋月種英
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旧高鍋藩主家当主、子爵・秋月種樹の二男として生まれる[2][4][5]。兄秋月種繁の死去に伴い家督を相続し、1890年(明治23年)10月2日、子爵を襲爵した[2][4][6]。
第四高等学校を経て[5]、1910年(明治43年)7月、京都帝国大学法科大学を卒業[3][4][7]。同年、司法省に入省し司法属となる[3][4]。以後、輸出水産取締役、明治漁業監査役、カルピス製造監査役などを務めた[4]。
1914年(大正3年)7月11日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[8][9]、研究会に属して活動し[3]、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで5期在任した[3]。この間、廣田内閣・司法参与官、司法制度調査委員会委員、司法省委員などを務めた[3]。