秋月種殷
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 時代 | 江戸時代後期 - 明治時代 |
|---|---|
| 生誕 | 文化14年6月9日(1817年7月22日) |
| 死没 | 明治7年(1874年)3月18日 |
| 別名 | 栄之助(通称) |
| 墓所 | 東京都港区六本木の六本木墓苑 |
| 官位 | 従五位下・長門守、贈従四位 |
| 幕府 | 江戸幕府 |
| 主君 | 徳川家慶、家定、家茂、慶喜 |
| 藩 | 日向高鍋藩主 |
| 氏族 | 秋月氏 |
| 父母 | 父:秋月種任、母:雅子(脇坂安董の娘) |
| 兄弟 | 種殷、種樹、ヲタカ(一柳末延正室)、ヲヨリ(一柳頼紹正室)、種事、大関増儀正室 |
| 妻 |
正室:黒田長韶の娘 継室:上杉斉定の娘 |
| 子 |
娘(黒田長徳正室) 養子:種樹 |
秋月 種殷(あきづき たねとみ)は、幕末期の大名。日向国高鍋藩第10代(最後)の藩主。第9代藩主・秋月種任の長男(次男の説もある[1])。