稲荷台1号墳
千葉県市原市にある古墳
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
稲荷台古墳群は、12基から成る古墳群で、大型の前方後円墳は存在しない。1976年(昭和51年)から77年(昭和52年)に発掘調査された[1]。
銀象嵌の文字を刻んだ鉄剣が出土した1号墳は、2号墳・3号墳に続いて造営された約28メートルの円墳である。対岸の養老川下流域南岸には、同時期に造営された墳丘全長103メートルを測る姉崎二子塚古墳があり上海上の首長の墳墓とされており、本古墳の被葬者は古墳規模と副葬品から武人であるとみられる。また、副葬品は5世紀中葉から後葉のものである。鉄剣の銘文中の「王」が誰か諸説あるが畿内の「王」とする説が有力であり、ヤマト政権による東国の武人の直接的な支配を示す具体例として重要な意味を持っている。同じような例は、埼玉古墳群の稲荷山古墳から出土した「辛亥年」鉄剣がある。
