空間反転対称性
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空間反転対称性(くうかんはんてんたいしょうせい、英: Space-Inversion Symmetry, SIS)は、すべての空間座標の符号を反転させる変換、すなわち という操作に対して物理法則や系の状態が不変であることを指す概念である。量子力学や素粒子物理学では、この変換に関連する量子数からパリティ対称性(英: Parity Symmetry)とも呼ばれる。
通常、マクロな物理現象において被写体とその鏡像(鏡に映した映像)を区別することは困難であり、自然界は空間反転に対して対称であると考えられてきた。しかし、基本的な相互作用のうち「弱い相互作用」が関与する現象においては、この対称性が厳密には保持されていないことが判明しており、これをパリティ対称性の破れまたはパリティ非保存と呼ぶ。
量子力学において、空間反転操作はパリティ演算子 によって定義される。この演算子を任意の波動関数に2回作用させると元の状態に戻るという性質()から、その固有値は必ず (偶パリティ)または (奇パリティ)のいずれかをとる。孤立した原子系のようにハミルトニアンが空間反転に対して不変である場合、パリティは保存量となり、エネルギー固有状態は確定したパリティを持つ。
この性質は、原子の電子遷移における選択則を規定する極めて重要な要素である。例えば、電気双極子遷移においては、遷移の前後で状態のパリティが反転しなければならないという規則(ラポルテの規則)が存在し、これが原子発光スペクトルの構造を決定している[1]。
古典物理学におけるベクトル
古典物理学においても、空間反転に対する応答の違いに基づいて物理量は厳密に分類される。位置、速度、加速度、力、そして電場のように、空間反転によってその符号が反転するベクトルは「極性ベクトル」と呼ばれる。これに対し、角運動量や磁場のように、二つの極性ベクトルの外積(または回転操作)によって定義される量は、反転操作を施しても符号が変化しない。これらは「軸性ベクトル」または「擬ベクトル」と称される[2]。3次元空間における空間反転(3軸全ての反転)は、1軸のみを反転させる「鏡像反転」とは数学的に厳密には異なるが、空間反転は鏡像反転と180度回転を組み合わせた操作に等しいため、多くの物理的議論において鏡の中の世界との比較として語られる。
パリティ対称性の破れの発見
歴史的に、自然界を支配する四つの基本相互作用(重力相互作用、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用)のうち、重力や電磁気、強い相互作用についてはパリティ対称性が厳密に保存されることが確認されていた。そのため、すべての物理法則においてパリティは常に保存されるという認識が長年支配的であった。
1956年、ヤン(楊振寧)とリー(李政道)は、弱い相互作用が関与する過程においてはパリティが保存されていないのではないかという大胆な仮説を提唱し[3]、この予想を受けて、1957年にウー(呉健雄)らは、放射性核種であるコバルト60を用いた極低温でのベータ崩壊実験を遂行した[4]。この実験では、強力な磁場を用いてコバルト60原子のスピンの方向を一定にそろえた状態で、放出される電子(ベータ粒子)の方向分布を測定した。
もし空間反転対称性が保たれているならば、スピンと同じ方向に放出される電子の数と、その逆方向に放出される電子の数は統計的に等しくなければならない。しかし実験の結果、電子はスピンの方向とは逆の方向に優先的に放出されるという顕著な異方性が示された。これにより、弱い相互作用を介する現象においてはパリティ対称性が自発的に破れていることが決定的に証明された。この功績により、ヤンとリーは同年のノーベル物理学賞を極めて異例の速さで受賞することとなった。