西公園 (福岡市)
福岡市の公園
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地理(町域)
福岡県営西公園の概要
全体が丘陵地で展望広場からは博多湾が一望できる。園内は自生のマツ・シイ・カシが茂り、またサクラ・ツツジが植栽された風致公園である。サクラは約3000本あり、日本さくら名所100選に選定される[7]。
古くから荒津山ないし荒戸山と呼ばれていた。江戸時代になり、福岡藩によって東照宮が建立されたが、明治になって廃祀されしばらくは荒れるに任されていた。1873年(明治6年)の太政官布告に基づいて1881年(明治14年)に公園地「荒津山公園」とされた。1885年(明治18年)には園地を広げてサクラやカエデを植栽。1900年(明治33年)に西公園と改めるとともに県の管理となった。
太平洋戦争前までは平野国臣・加藤司書・吉岡友愛の3体のブロンズ像があったものの福岡大空襲で破壊され、平野国臣像のみが戦後に再建された。 1949年(昭和24年)には、昭和天皇の戦後巡幸があり、公園から市内の復興状況と大博多港の建設状況を視察した[8]。
かつては海岸であった公園北側は、荒津地区として1970年(昭和45年)に埋め立て竣工し、128基の貯油施設を有する石油中継基地として博多港の重要な役割の1つを担う。北側にはまた福岡都市高速が走っている。
福岡県営西公園の施設
広場、展望デッキ
- 多目的広場
- 光雲神社の参道
名所・旧跡
- 光雲神社[注釈 11]
- 母里太兵衛像(光雲神社内)[注釈 12]
- 目薬の木(写真)[注釈 13]
- 黒漆塗桃形大水牛脇立兜(くろうるしぬりももなりだいすいぎゅうわきだてかぶと)の像[注釈 14]
- 立帰天満宮(たちかえりてんまんぐう)[注釈 15]
- 荒津神社(あらつじんじゃ)[注釈 16]
- 日吉神社(ひよしじんじゃ)[注釈 17]
- 堅盤神社(かきわじんじゃ)[注釈 18]
- 中司孫太郎稲荷神社(なかつかさそんたろういなりじんじゃ)[注釈 19]
- 皇太子嘉仁親王殿下御手栽松櫻の石碑[注釈 20]
- 加藤司書歌碑[注釈 21]
- 記念櫻碑[注釈 22]
- 万葉歌碑(荒津の崎)[注釈 23]
- 徳富蘇峰詩碑
- 平野国臣像
- 底曳網漁船殉難者慰霊碑[注釈 24]
- 荒津公園成立の記念碑[注釈 25]
- 光雲神社
- 荒津神社
- 日吉神社
- 堅盤神社
- 立帰天満宮
- 中司孫太郎稲荷神社
- 記念櫻碑
- 皇太子嘉仁親王殿下御手栽松櫻の石碑
- 万葉歌碑(荒津の崎)
- 加藤司書歌碑
- 平野国臣像
- 母里太兵衛像
- 黒漆塗桃形大水牛脇立兜の像(手水舎)
- 底曳網漁船殉難者慰霊碑
- 荒津公園成立の記念碑
商業施設
その他の施設
人口
西公園の人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[4]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。
- 2001年(平成13年):991
- 2002年(平成14年):980
- 2003年(平成15年):962
- 2004年(平成16年):930
- 2005年(平成17年):1,046
- 2006年(平成18年):1,071
- 2007年(平成19年):1,050
- 2008年(平成20年):1,036
- 2009年(平成21年):1,033
- 2010年(平成22年):1,012
- 2011年(平成23年):1,039
- 2012年(平成24年):1,053
- 2013年(平成25年):1,133
- 2014年(平成26年):1,151
- 2015年(平成27年):1,157
- 2016年(平成28年):1,147
- 2017年(平成29年):1,145
- 2018年(平成30年):1,132
- 2019年(令和元年):1,130
- 2020年(令和2年):1,153
- 2021年(令和3年):1,176
- 2022年(令和4年):1,182
町域内の施設(県営西公園以外)
公共・公益施設
学校
市立の小・中学校
国立大学法人の小・中学校
国立大学法人の学校は次のとおりである。

