竹之下智昭
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| 竹之下智昭 | |
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第86回東京優駿(日本ダービー)パドック (2019年5月26日) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 愛知県 |
| 生年月日 | 1979年10月13日(46歳) |
| 身長 | 160cm |
| 体重 | 49kg |
| 血液型 | O型 |
| 騎手情報 | |
| 所属団体 | JRA |
| 所属厩舎 | 千田輝彦 |
| 初免許年 | 1998年 |
| 免許区分 | 平地 |
| 騎手引退日 | 2023年5月20日 |
| 重賞勝利 | 0勝 |
| 通算勝利 | 2162戦93勝(中央) |
| 経歴 | |
| 所属 |
栗東・橋本寿正(1998.3.1 - 不明)→ (不明)→ 栗東・フリー(不明 - 2017.4.30)→ 栗東・千田輝彦(2017.5.1 - 2017.6.30)[1]→ 栗東・フリー(2017.7.1 - 2022.2.20)[2]→ 栗東・千田輝彦(2022.2.21 - 2023.5.20)[3][4] |
竹之下 智昭(たけのした ともあき、1979年10月13日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) の元騎手で、千田輝彦厩舎所属の調教助手。
熊本県生まれで、5歳の時に愛知県に引っ越した。父・昭憲は名古屋競馬の厩務員[5]、後に調教師[6]。中学3年の夏に、父から騎手を勧められ競馬学校に入学した[5]。競馬学校14期生で、同期に池添謙一、酒井学、太宰啓介などがいる。
1998年、橋本寿正厩舎に所属し騎手デビュー[5]。同年3月1日、ドラマティックランで初騎乗(7着)。同年3月14日、スリーオウインで1位入線したが5着に降着し騎乗停止処分を受けた[5]。同年4月18日、同馬で初勝利。
1999年11月27日、富士ステークスのタガノサイレンスで重賞初騎乗(18着)。2004年3月28日、高松宮記念のリキアイタイカンでGI初騎乗(10着)。
2000年には16勝を挙げるが、翌年以降は1桁勝利にとどまる。
2019年5月、ヴィントが4分の2の抽選を突破し、デビュー22年目にして日本ダービーに初騎乗(14着)。管理する千田輝彦調教師は「とにかく竹之下をダービーに出してやりたいと思っていた」という[7]。
2023年5月20日をもって、騎手を引退。現役最終騎乗は同月6日京都競馬第8競走のシュピカで10頭立て4着となった。引退後は千田輝彦厩舎の調教助手に転業する[8][9][10]。