太宰啓介
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1998年競馬学校騎手課程第14期生、太宰義人厩舎所属騎手としてデビュー。同期には池添謙一、白浜雄造、酒井学らがいる。デビュー年は合計34勝を挙げ関西のフェアプレー賞を受賞、また2006年にも同賞を受賞した。
初騎乗・初勝利馬のほか、重賞・GIへの初騎乗も父の管理馬にて記録するなどデビュー後、父義人より管理馬の大半の騎乗を託されていた[2]。2005年4月にフリー騎手となるが、転向後も騎乗馬・勝利数を伸ばし、2009年には自己最高となる45勝を挙げ、デビュー年度より13年連続で2桁勝利を記録している。なお、当初は2007年3月21日付けでふたたび太宰義人厩舎所属となる予定であったが、19日に父が亡くなったために引き続きフリーとなっている[3]。
2006年10月29日、京都7Rでメディアミックスに騎乗し1着となり、現役56人目となるJRA通算200勝を達成した[4]。
デビュー1年目の函館3歳ステークスを皮切りに毎年重賞への騎乗を続け、2000年根岸ステークスや2001年菊花賞などでの連対実績があったものの、勝ち星を挙げるまでには至らずJRA重賞は未勝利であったが、2011年4月23日、福島牝馬ステークスをフミノイマージンで優勝し、14年目・騎乗112戦目にして重賞初勝利を挙げた[5]。同馬とのコンビでは同年6月19日のマーメイドステークスおよび12月18日の愛知杯も制し、それぞれ自身の重賞2勝目・3勝目となった。
2011年9月27日、安藤光彰騎手の長女と結婚した[6]。
2012年11月17日、京都8Rでゴッドツェッペリンに騎乗し1着となり、現役36人目のJRA通算400勝を達成した[7]。
2016年4月30日、京都2Rでランドハイパワーに騎乗し1着となり、現役31人目のJRA通算500勝を達成した[8]。
2018年1月13日、京都11Rでオウノミチに騎乗し、史上33人目・現役21人目のJRA通算10000回騎乗を達成した[9]。
2020年5月31日、京都8Rでローゼンクリーガーに騎乗し、史上35人目・現役22人目のJRA通算11000回騎乗を達成した[10]。
2024年9月1日、中京2Rでメイショウコナンに騎乗し、史上37人目・現役20人目のJRA通算12000回騎乗を達成した[11]。
2026年2月14日、京都3Rでメイショウアカリに騎乗し1着となり、現役33人目となるJRA通算600勝を1万2303戦目で達成した[12]。