竹内道之助
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本所高等小学校卒業[2]。正則英語学校、アテネフランセに通い英語、ドイツ語、フランス語を習得[3]。
藤澤衛彦の主宰の雑誌『伝説』の編集に携わる。のち、梅原北明が企画し福山福太郎が創設した「文藝資料研究会」に参加し、雑誌『奇書』や「変態文献叢書」の編集を手がける。1930年には酒井潔らの協力をうけ「風俗資料刊行会」を設立し、雑誌『風俗資料』『デカメロン』らを編集刊行した。
そののち、哲学者三木清らのグループや、唯物論研究会との親交を重ね、1933年に妻富子と共に、社会科学書、ヨーロッパ・アメリカ文学の翻訳書の刊行を主とする、三笠書房を創立。「唯物論全書」「ヘッセ全集」、米川正夫訳を軸としたドストエフスキー全集、友人齋藤磯雄(フランス文学者)訳でヴィリエ・ド・リラダンの作品集、五来達訳で最初期のマルセル・プルースト『失われた時を求めて』等を刊行。1938年『文庫』を創刊し、友人・大久保康雄の翻訳や小説を載せ、自らは藤岡光一の筆名で翻訳を行う。
1940年大久保康雄訳『風と共に去りぬ』を刊行するが発禁になる。戦後大久保との共訳の形で再刊ベストセラーとなった。1945年、三笠書房を株式会社に改組[4]。
1952年には村岡花子訳『赤毛のアン』を刊行してベストセラーとし、戦後の一時期、外国文学の翻訳で一世を風靡した。竹内当人は英国の人道主義的作家A・J・クローニンのほぼ全作品を翻訳。1968年ころから三笠書房が経営不振に陥り、1973年に会長に退き、以後、翻訳に専念した[5]。
著書
- 『二人の騎士 童話集』(三笠書房) 1938
- 『愛と真実 クローニンの世界』(三笠書房) 1972