竹野暢勇
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栃木県立真岡高等学校在籍時代はサッカーを行っていたが、親が自転車店を経営していた縁で、卒業後競輪選手を志し、競輪学校第10期生となった。
鋭いダッシュ力を駆使した走法を武器として、長年に亘りトップクラスで活躍。全国都道府県選抜競輪を4回優勝した。
また、オールスター競輪では、1956年に川崎競輪場で開催された第1回から、1984年に西宮競輪場で開催された第27回まで、ファン投票で選ばれ全て出場した[1]。1967年に岸和田競輪場で開催された第12回の大会では、バックから捲った伊藤繁の後位に入り込み、ゴール直前、伊藤を交わして優勝した。
引退後は1995年1月に創設された日本名輪会にも会員として加わり活動していたが、2009年10月に病気のため死去。73歳没。