笑福亭圓笑 (3代目)

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名河合 亀太郎
生年月日1860年
没年月日1933年3月
出身地日本の旗 日本・大坂
3代目 笑福亭しょうふくてい 圓笑えんしょう
3代目 笑福亭(しょうふくてい) 圓笑(えんしょう)
本名 河合 亀太郎
生年月日 1860年
没年月日 1933年3月
出身地 日本の旗 日本・大坂
師匠 3代目桂文吾(林家延玉)
3代目笑福亭松鶴
3代目桂藤兵衛
弟子 笑福亭圓歌
2代目笑福亭福圓
笑福亭圓三郎
名跡 1.桂延笑(1883年 - 1887年)
2.笑福亭璃鶴(1887年 - 1890年)
3.笑福亭小松鶴(1890年 - 1892年)
4.桂藤原(1892年 - 1901年)
5.新吟亭年誌(1903年 - 1904年)
6.藤原年史(1904年 - 1908年)
7.笑福亭圓生(1908年 - 1909年)
8.3代目笑福亭圓笑(1909年 - 1925年)
活動期間 1883年 - 1925年
活動内容 古典落語
配偶者 お駒
家族 2代目笑福亭福松(実弟)
所属 桂派
藤明派
京桂派
福派
受賞歴
三十石
備考
法名: 眞實院悟道圓笑居士
墓所は新京極の誓願寺

3代目 笑福亭 圓笑(しょうふくてい えんしょう、1860年万延元年) - 1933年昭和8年)3月(日付未詳)[1][注釈 1])は、明治から昭和にかけての上方落語落語家上方噺家)。2代目笑福亭福松の実兄[2]。本名: 河合亀太郎[2]。弟は2代目笑福亭福笑[1]

大坂の生まれで、生家は「魚源」という料理屋だった[1]

初め盆龜と名乗り、盆廻しの元祖とされる[2]。また、全身に見事な刺青があったことから、俗に「がまん亀」と呼ばれた[2]。若い時期にはヘラヘラ踊りの座に参加して踊りながらちらちらと入れ墨を見せたという[1]

1883年3代目桂文吾(林家延玉)門下となり延笑を名乗る[1][2][3]。次に1887年3代目笑福亭松鶴門下で璃鶴1890年ごろ、小松鶴となる[1][2][注釈 2]。次いで1892年3代目桂藤兵衛の門下で桂藤原を名乗る[1]。その後1901年9月に新吟亭年誌、1903年ごろに藤原年誌、翌年ごろに藤原年史と名前を変える[1]

1908年1月に再度3代目松鶴の門下で笑福亭圓生に改めた後、1909年9月ごろに3代目笑福亭圓笑を襲名した[1][2][注釈 3]

1925年頃まで高座に上がった[要出典]

1933年3月に死去(享年73)[2]。法名は眞實院悟道圓笑居士で、墓所は新京極の誓願寺にある[2]

弟子に、笑福亭圓歌[2]2代目笑福亭福圓[2]笑福亭圓三郎[4]

芸風・人物

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI