符天暦
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
受容と利用
日本でも天台宗の僧侶日延が輸入して、符天暦と天台宗などの密教と結びついて成立した宿曜道でも用いられた。室町時代の摂関一条兼良の説によれば、天徳2年(958年)に符天暦が採用されて、今日でも暦道が公式の暦である宣明暦とともに学んでいると記している[注 1]。この記述を裏付ける証拠は乏しいが『小右記』などに暦道と宿曜道が協力して暦を作成した時期があることが確認されることや、延応2年(1240年・仁治元年)具注暦(前田育英会所蔵『江談抄』紙背文書)に記載された同年10月16日の月食予報の記述に符天暦の数式が付記されていることから、公式には採用されなかったものの暦の修正などに際して、資料として用いられていたと考えられている。