第2次田中角栄内閣 (第2次改造)
日本の内閣
From Wikipedia, the free encyclopedia
内閣の顔ぶれ・人事
国務大臣
| 職名 | 氏名 | 出身等 | 特命事項等 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 内閣総理大臣 | 田中角栄 | 衆議院 自由民主党(田中派) |
自由民主党総裁 | ||
| 法務大臣 | 浜野清吾 | 衆議院 自由民主党(椎名派) |
再入閣 | ||
| 外務大臣 | 木村俊夫 | 衆議院 自由民主党(無派閥) |
留任 | ||
| 大蔵大臣 | 大平正芳 | 衆議院 自由民主党(大平派) |
留任 | ||
| 文部大臣 | 三原朝雄 | 衆議院 自由民主党(水田派) |
初入閣 | ||
| 厚生大臣 | 福永健司 | 衆議院 自由民主党(大平派) |
再入閣 | ||
| 農林大臣 | 倉石忠雄 | 衆議院 自由民主党(福田派) |
留任 | ||
| 通商産業大臣 | 中曽根康弘 | 衆議院 自由民主党(中曽根派) |
留任 | ||
| 運輸大臣 | 江藤智 | 参議院 自由民主党 |
初入閣 | ||
| 郵政大臣 | 鹿島俊雄 | 参議院 自由民主党 |
初入閣 | ||
| 労働大臣 | 大久保武雄 | 衆議院 自由民主党(大平派) |
初入閣 | ||
| 建設大臣 | 小沢辰男 | 衆議院 自由民主党(田中派) |
初入閣 | ||
| 自治大臣 国家公安委員会委員長 北海道開発庁長官 |
福田一 | 衆議院 自由民主党(船田派) |
再入閣 | ||
| 内閣官房長官 | 竹下登 | 衆議院 自由民主党(田中派) |
再入閣 | ||
| 総理府総務庁長官 沖縄開発庁長官 |
小坂徳三郎 | 衆議院 自由民主党(無派閥) |
留任 | ||
| 行政管理庁長官 | 細田吉蔵 | 衆議院 自由民主党(福田派) |
留任 | ||
| 国土庁長官 | 丹羽兵助 | 衆議院 自由民主党(三木派) |
初入閣 | ||
| 防衛庁長官 | 宇野宗佑 | 衆議院 自由民主党(中曽根派) |
初入閣 | ||
| 経済企画庁長官 | 倉成正 | 衆議院 自由民主党(中曽根派) |
初入閣 | ||
| 科学技術庁長官 | 足立篤郎 | 衆議院 自由民主党(田中派) |
再入閣 | ||
| 環境庁長官 | 毛利松平 | 衆議院 自由民主党(三木派) |
留任 | ||
内閣官房副長官・内閣法制局長官・総理府総務副長官
政務次官
- 法務政務次官 - 松永光
- 外務政務次官 - 羽田野忠文
- 大蔵政務次官 - 大野明、柳田桃太郎(再任)
- 文部政務次官 - 山崎平八郎
- 厚生政務次官 - 山下徳夫
- 農林政務次官 - 江藤隆美、柴立芳文
- 通商産業政務次官 - 渡部恒三、嶋崎均
- 運輸政務次官 - 小此木彦三郎
- 郵政政務次官 - 稲村利幸
- 労働政務次官 - 中山正暉
- 建設政務次官 - 中村弘海
- 自治政務次官 - 左藤恵
- 行政管理政務次官 - 阿部喜元
- 北海道開発政務次官 - 志村愛子
- 防衛政務次官 - 棚辺四郎
- 経済企画政務次官 - 安田貴六
- 科学技術政務次官 - 片山正英
- 環境政務次官 - 橋本繁蔵
- 沖縄開発政務次官 - 国場幸昌
- 国土政務次官 - 斉藤滋与史
内閣の動き
田中政権は、列島改造計画が狂乱物価により頓挫して支持率が下落している最中、1974年10月に田中金脈問題が発覚。田中本人は、同時に明るみに出た女性スキャンダルが相まって精神的に堪え、辞意を漏らす。
後継候補としては、主要派閥として最後まで主流派に留まった宏池会の大平正芳への禅譲が目論まされた他、椎名悦三郎党副総裁が入閣し、年内いっぱいは田中の病気による首相代行として様子を見る、という「椎名暫定政権構想」案も出る。しかし、10月下旬の田中首相の外遊の間、田中、大平両派の幹部の協議により、一旦改造を行って両派で政権中枢を固め、そのまま頃合いを見て大平に引き継ぐ、という方針が決まる。11月11日、近いうちの総辞職見込みで内閣改造が行われ、田中が自派の後継候補と見定めた竹下登が内閣官房長官として政権の要に座る。
この時点で田中は、スキャンダルの追及による極度の疲弊から、辞任は既定路線になっていた。11月中旬のジェラルド・R・フォード米大統領の国賓訪日への接遇を終えた後の11月26日、退陣表明。後継は、田中の盟友である大平と、田中と党を二分する勢力を有していた福田赳夫との対立となる。両者の間での決着はつけがたかったことから、反主流派であるながら直接の田中批判を控えていた三木武夫が、中間的な妥協点として選ばれることとなった[1]。
改造して29日間しか存続しなかったため、短命閣僚も出てきた。防衛庁長官に就任したばかりだった宇野宗佑は離任式で「国を守る防衛庁長官がどうしてくるくる代わるのか」と話した。また江藤智運輸相、鹿島俊雄郵政相及び大久保武雄労働相は、この内閣が最初で最後の入閣となったため、わずか29日間しか閣僚を経験していない。