羽田野忠文
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現大分県豊後大野市朝地町出身。1940年、法政大学専門部法律科卒業。
大日本帝国海軍法務大尉、弁護士、福岡大学教授、大分県弁護士会長、大分県議会議員を務める。
1967年の第31回衆議院議員総選挙大分1区に無所属で立候補するが、落選。1969年の第32回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補し、初当選。以後4期務める。1974年11月、第2次田中角栄第2次改造内閣・外務政務次官。同年12月、三木内閣・外務政務次官。1976年、三木改造内閣・法務政務次官。1981年、衆議院法務委員長。
1983年の第37回衆議院議員総選挙で落選し、政界から引退する。
1997年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、瑞宝章を受章する[1]。