第58回東京箱根間往復大学駅伝競走

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東京箱根間往復大学駅伝競走 > 第58回東京箱根間往復大学駅伝競走
試合日程 1982年1月2日 - 1月3日
出場校 15校
総合優勝校 順天堂大学(2年連続4回目)
往路優勝校 日本体育大学(2年ぶり7回目)
日本の旗 第58回東京箱根間往復大学駅伝競走
試合日程 1982年1月2日 - 1月3日
出場校 15校
総合優勝校 順天堂大学(2年連続4回目)
往路優勝校 日本体育大学(2年ぶり7回目)
復路優勝校 早稲田大学(25年ぶり12回目)
 < 19811983 > 
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第58回東京箱根間往復大学駅伝競走(だい58かいとうきょうはこねかんおうふくだいがくえきでんきょうそう)は、1982年昭和57年)1月2日 - 1月3日に開催された第58回目の東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)である。

大井埠頭周回コース
大手町読売新聞東京本社前(スタート)→鶴見→戸塚→平塚→小田原→箱根町芦ノ湖駐車場入口(ゴール)
箱根町芦ノ湖駐車場入口(スタート)→小田原→平塚→戸塚→鶴見→大手町読売新聞東京本社前(ゴール)

参加大学

シード校
大学名前年順位出場回数
順天堂大学前年1位25年連続25回目
日本体育大学前年2位34年連続34回目
大東文化大学前年3位15年連続15回目
東京農業大学前年4位11年連続46回目
早稲田大学前年5位6年連続51回目
筑波大学前年6位3年連続52回目
日本大学前年7位33年連続54回目
駒澤大学前年8位16年連続16回目
専修大学前年9位31年連続43回目
予選会通過校
大学名予選会順位/前回順位出場回数
東洋大学予選1位/前年10位35年連続43回目
亜細亜大学予選2位/第55回 15位3年ぶり13回目
東海大学予選3位/前年12位10年連続10回目
国士舘大学予選4位/前年13位26年連続26回目
中央大学予選5位/前年11位53年連続56回目
拓殖大学予選6位/前年15位6年連続23回目

概要

往路

1区

品川駅を過ぎたあたりで順大・吉田富男が日体大・植松誠を引き離し首位で襷リレー[1]。吉田は順大史上初めて1区の区間賞を獲得。日体大は46秒差の2位で中継。3位・中大、4位・日大と続く。早大、東農大の2校は出遅れた。

2区

日体大・大塚正美は首位を走る順大・中井良晴に追いつくと11km地点で交わして先頭に立つ[2]。そのまま日体大が首位で中継。順大は日体大と41秒差の2位で3区の内野朗に襷をつないだ。大東大・池田重政が区間3位の走りで7人を抜いて10位から3位に浮上。1区で出遅れた早大は金井豊が区間2位で走り、順位を8位に上げた。

3区

日体大・中田盛之は区間2位の走りで後続を引き離し、2位との差は1分35秒差となった。日大・宗像寛が区間賞を獲得し、5校を抜いて2位に浮上。順大は日大に抜かれて3位に後退した。

4区

3位で襷を受けた順大・中島修三が7km付近で日大を抜き2位に浮上すると、12km地点で首位を走る日体大・島村雅浩に追いつく。約6kmにわたって両者の並走が続いたが、島村が中島を振り切り首位を守った[3]。順大は8秒差の2位で襷を繋ぎ、3位の日大も41秒差と僅差で山登りに挑むことになった。前回大会の3区で区間賞を獲得した専大・幸田正文は区間9位で13位から浮上できなかった。

5区

順大・小山輝夫が先頭を走る日体大・岡俊博との差を詰め[4]、両者の差は一時30mまで縮まったが最終的には岡が小山を引き離し2年ぶりの往路優勝を達成。順大も26秒差と僅差の2位でフィニッシュ。3位、4位は日大、大東大と続き、中大が5位でフィニッシュ。東洋大・仙内勇が3人を抜いて6位に入り、早大は順位を2つ落として7位でフィニッシュした。東農大・國府田克則は意識が朦朧としながらもなんとかフィニッシュにたどり着いた[5]

復路

7位・早大までが時差スタートとなり、8位・亜大以降の8校が8時12分に芦ノ湖を一斉にスタートした。

6区

先頭を走る日体大・谷口浩美が58分04秒の区間新記録で後続を大きく引き離す。順大・有田哲治も区間2位の好走を見せたが、日体大との差は2分51秒まで広がった。早大・伊藤雅弘が区間3位で6位に浮上し、一斉スタート組では専大・沼尾一明が区間4位の走りでシード権ラインに迫った。

7区

先頭の日体大・有坂精児は区間4位と安定した走りでトップを譲らず。順大・木村康樹は区間2位の走りで日体大との差を1分31秒に詰めた。3位を走る日大・倉橋賢二が区間賞を獲得した一方で、4位の大東大・坂中末美は区間14位と苦しみ、両者の差は6分27秒差に広がった。

8区

トップを走る日体大・藤井修が区間賞を獲得する走りで2位・順大との差を1分53秒に広げる。順大・鈴木秀悦は区間2位だった。大東大は双子の兄・大隈重信から弟・大隈広基に襷を渡し、双子の兄弟同士の襷リレーが実現した。専大・川上英一が東海大・上田廣を交わしてシード権内の9位に浮上した。

9区

首位の日体大・前田直樹のペースが上がらず順大・神田修がじりじりと追い上げる。その差は徐々に縮まり、18.3km地点の片側3車線の国道の左端でスパートをかけて順大がトップに躍り出ると[6][7]、1分46秒差をつけた。前回この区間で区間新記録を樹立した大東大・大隈広基は区間2位で、早大・坂口泰が区間賞を獲得した。

10区

順大・門田光史は区間9位にとどまったが、リードを守りきり2年連続の総合優勝を達成した。往路・復路でどちらも優勝せずに総合優勝するのは第50回大会の日大以来8年ぶりの出来事であった。日体大・小田英明は順大との差を詰めたが、56秒届かず2年連続の総合2位となった。日大は山本隆司が区間賞を獲得して3位でフィニッシュし、大東大が4位。早大は25年ぶりの復路優勝で5位に入った。9位の専大までが次回大会(第59回大会)のシード権を獲得した。なお、日体大を8度の優勝・5度の準優勝に導いた岡野章監督はこの年を最後に退任したため、箱根駅伝の指揮をとるのは今回が最後となった。

成績

外部リンク

脚注

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