渋谷俊浩
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- 兵庫県立加古川東高等学校から筑波大学に進む。在学中に日本学生陸上競技対校選手権大会(インカレ)の10000mに優勝。10000mでのベスト記録は28分45秒90である。
- 1985年の第61回箱根駅伝では2区で区間賞を獲得している。ユニバーシアードでは1983年のエドモントン大会、1985年の神戸大会の2大会連続で男子マラソン代表に選ばれ、それぞれ4位・7位入賞を果たしている。
- 大学卒業後は雪印に所属。1986年のびわ湖毎日マラソンでマラソン初優勝。1988年の福岡国際マラソンでは2時間11分04秒のタイムで優勝した。この福岡国際では当時世界最高記録保持者のベライン・デンシモとの一騎討ちとなり、ゴールの競技場に入るところでデンシモがコースを間違えるハプニングから先頭に立ち、競技場内でいったんデンシモに抜き返されたものの最後にスパートをかけて競り勝った[1]。
- ランナーを続ける傍ら、母校の筑波大学で体育研究科の修士課程に進学し、1994年に修了。
- 1997年に現役を引退。引退後は指導者に転じ、日本陸上競技連盟の強化委員も務めた。2008年現在はびわこ成蹊スポーツ大学教授、滋賀県スポーツ協会会員[2]。