1944年(昭和19年)4月4日に留守第2師団を基幹に仙台で編成された。なお、この時点で内地に残っていた師団は、前年の1943年(昭和18年)5月14日に編成された師団のうちの、第43師団・第47師団・近衛第1師団の3個師団のみで、しかも第43師団は絶対国防圏の守備のためサイパンへの派遣が予定されていた。
師団は、当初東部軍の指揮下仙台に在ったが、翌1945年(昭和20年)2月1日に新設された第11方面軍戦闘序列に編入され福島に移駐、機動打撃師団として関東或いは青森への増援を視野に本土決戦に備えるなかで終戦を迎えた。
戦後、10月までに復員(解散)したが、一部人員は仙台師管区部隊に転属して勤務を続けた[1]。