第47師団 (日本軍)
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第12派遣隊
1943年(昭和18年)5月、本土防衛強化のため第42師団、第43師団、第46師団、第47師団の新設が命じられた。第47師団は、5月14日に留守第57師団と独立第67歩兵団を基幹に弘前で編成され、札幌に司令部を置く北方軍に属した。それまで留守師団が担っていた弘前師管の防衛と動員等の管区業務にあたった。
1944年(昭和19年)2月18日に北方軍が第5方面軍に改称した後、3月16日に定められた戦闘序列で、第47師団は東京に司令部を置く東部軍に属することになった[1]。この変更は、3月25日に弘前師管が北部軍管区所属から東部軍管区所属に変わったのと同時に実施された[2]。
1944年(昭和19年)11月、中国に動員され、華北での諸作戦に従事し、終戦を済南で迎えた。戦後、一部の将兵が国共内戦に参加した。
1944年6月13日、歩兵3個大隊、山砲兵1個大隊を基幹として第12派遣隊が編成され、南方戦線に派遣された。その後、独立混成第58旅団に改編され、フィリピンのルソン島の戦いに参戦した。
師団概要
歴代師団長
参謀長
最終司令部構成
- 参謀長:染矢半治郎大佐
- 参謀:曽我武雄中佐
- 高級副官:森田清之亟少佐