第一勧業銀行DKBハーティーズ
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1951年、日本勧業銀行女子バスケットボール部として発足[1]。
1968年の第1回日本リーグに参加。
1971年、第一銀行との合併により第一勧業銀行女子バスケットボール部に改称。
1973年にオールジャパン優勝を果たし、日本リーグでも第8回(1974/75)と第14回(1980/81)を制した古豪として知られた。
その後低迷し、2部落ちとなるものの1988年に元全日本の北原憲彦がヘッドコーチに就任すると、1989年の日本リーグ2部優勝、1993年の1部復帰し1シーズン目で3位と健闘する。
北原の退任後は再び2部落ちとなり、復帰後の2000年にチーム名に「DKB」を加えて、W1リーグ優勝を果たすも本社のリストラにより廃部。ラストシーズン終了翌年に第一勧銀はみずほ銀行に改称された。
なお第一勧銀とともに後にみずほ銀行・みずほコーポレート銀行の母体となる富士銀行・日本興業銀行も女子バスケットボールチームを持っていてともに日本リーグに参加していた。