第三次世界大戦 四十一時間の恐怖
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あらすじ
スタッフ
制作
本作品は雑誌『週刊新潮』1960年6月13日号(新潮社)に掲載された特集記事「第三次世界大戦の41時間」を原案としている[7]ため、原案の表記は「週刊新潮編集部」とされているが、同記事は軍事評論家である林克也の口述を元に制作されていたため、林と編集部との間で著作権係争となった[7]。
同時期に東宝では、林の著書『恐怖を作る人々』(講談社、1958年)や林も参加した雑誌『週刊読売』1960年2月21日号(読売新聞社)に掲載された特集記事「私たちの滅亡する時」などに着想を得て、映画『第三次世界大戦(第三次世界大戦 東京最後の日)』の製作を進めていたが、本作品との類似を指摘されて制作中止となった[7][5]。結果として制作延期を経た同企画はスタッフや内容を一新し、『世界大戦争』として制作された[7][8][9]。
脚本では、日米安全保障条約を強行した岸内閣への批判が込められている[5]。
冒頭には広島市への原子爆弾投下の資料映像が挿入されている[5]。
特撮
『世界大戦争』に比べると特撮の比率は少ないが、当時の東映で社長を務めていた大川博のもとで発足したばかりの小西昌三が率いる特殊技術課が、特撮監督を務めた矢島信男のもとでラストのミニチュア特撮に注力している[10][11][5][注釈 1]。
なお、映画評論家の佐藤利明によれば、国会議事堂の爆破シーンは1961年の映画『宇宙快速船』(ニュー東映)にも流用されたという[13]。