篠﨑国忠
日本のプロ野球選手 (2005-)
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経歴
プロ入り前
足立区立興本扇学園(小中一貫校)2年時に扇ターキーズで野球を始める。進学した修徳中学校では軟式野球をプレーし、2年時には関東大会優勝を経験している[1]。
修徳高等学校への進学後は2年夏からエースナンバーを背負い、最速148km/hを誇る長身右腕として当時からドラフト候補と評されていた。甲子園出場経験はなく、最後の夏となった3年夏の東東京大会では準々決勝で岩倉にコールド負けを喫し敗退した[2]。
徳島時代
高校卒業後、1年でも早くプロ入りしたいという本人の意向もあり、四国アイランドリーグplusに加盟する徳島インディゴソックスに入団[3]。1年目の2024年シーズンは2試合に登板した。
2年目となった2025年シーズンは、前年オフからのウエートトレーニングなどによる体作りを経て、最速140km/h台だった球速がシーズン中に大幅に向上。リーグ戦では7月27日の対ソフトバンク3軍との交流戦(タマスタ筑後)で155km/h、8月16日の対香川オリーブガイナーズ戦(レクザムスタジアム)で同年のリーグ最速記録となる157km/hを計測し、シーズン中にはNPB球団に加えてフィラデルフィア・フィリーズを初めとする複数のMLB球団も興味を示していると報じられた[1][4][5]。
同年は19試合に登板(うち先発9試合)して2勝4敗1セーブ、防御率3.80の成績を残し、投球回(47.1回)を上回る奪三振数(49個)を記録した。
中日時代
2025年10月23日に行われた同年のドラフト会議において中日ドラゴンズより3巡目で指名され[6]、11月19日に契約金5000万円・年俸1000万円(推定)で仮契約に合意した[7][8]。担当スカウトは野本圭[9]。
選手としての特徴・人物
詳細情報
独立リーグでの投手成績
記録
- 初記録
- 初登板︰2026年6月3日、対福岡ソフトバンクホークス2回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、11回表一死に8番手で救援登板・完了、0回2/3を無失点[11]
- 初奪三振︰同上、11回表に谷川原健太から空振り三振[11]
背番号
- 21(2024年 - 2025年)
- 52(2026年 - )