結城満広
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天授6年/康暦2年(1380年)、第9代当主・結城基光の子として誕生した[2]。母は小山氏政の娘[2]。
父と同様に鎌倉公方に臣従した。父にならって、2代公方・足利氏満の偏諱を受け満広[注 1]と名乗り、親子ともに重用された[要出典]。詳しい時期は不明だが、父から家督を譲られて10代目の当主となっている。氏満亡き後も3代満兼、4代持氏に臣従した[要出典]。
応永23年(1416年)3月9日あるいは4月9日、父に先立って死去した[1][2]。37歳[1]。
「結城系図」[注 2]には「院号紛失」とあり、「後年諡瑞光院殿、法名聖竜、道号雲叟」としている[1][4]。下妻市光明寺所蔵の「結城系図」では「道号雲叟聖竜」と記されている[2][5]。