羽太雄平
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台湾生まれ、東京新宿区牛込育ち。東京都立港工業高等学校中退。スキューバカメラマン、スチールカメラマン、ルポライター、広告制作会社経営を経て1989年(平成1年)、『完全なる凶器』にて小説CLUB新人賞を受賞、作家生活に入る。1991年(平成3年)に「本多の狐」と呼ばれる忍たちと多士済々な登場人物たちによる、日光東照宮に隠された徳川家康の秘宝をめぐる争奪戦を描いた『本多の狐』で第2回時代小説大賞を受賞しデビュー。初期は主に伝奇時代小説を手掛けていた。北関東の架空の小藩を舞台に、若き家老と藩士たちの青春群像を描いた「与一郎シリーズ」や、市井を舞台に「闇の仕事師」を描いた「江戸闇」シリーズなどを持つ。
逸話
- 中学生時代、短足を気にして自転車のチューブを柱と自足に着けて、自身の身体を妹に引っ張らせるが足は長くならなかった。
- 高校生時代、さいとう・たかをに弟子入りを許されるほどの画才があった。
- 潜水夫免許を持っており、国内スキューバダイビングのレジェンド。
- 1960年代、日本では数少ない水中カメラマンであった。
- 羽田・日本航空350便墜落事故の水中捜索や、豊洲レスキューにスキューバダイビングを教授。
- 築地の150万円マグロボチャン救出に貢献。
- 東京・高円寺でスキューバ&サーフショップを開業するも、時期尚早で流行らなかった。
- スチールカメラマン兼、広告代理店社長を経て小説家となる。
- スチールカメラのハウジング製作は国内外でも定評があり、広告代理業務よりもカメラのハウジング製作販売の方が儲かっていたと本人談。
- ゴルフの腕前はプロ並み。
- 生涯ベストスコアは68である。