聖ニコラウス (プレーティ)
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| イタリア語: San Nicola di Bari 英語: Saint Nicholas | |
| 作者 | マッティア・プレーティ |
|---|---|
| 製作年 | 1653年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 186 cm × 143 cm (73 in × 56 in) |
| 所蔵 | カポディモンテ美術館、ナポリ |
『聖ニコラウス』(せいニコラウス、伊: San Nicola di Bari、英: Saint Nicholas)は、イタリア・バロック期の画家マッティア・プレーティが1653年ごろにキャンバス上に油彩で制作した絵画で、彼がナポリに移ってきて最初に描いた作品である。ミラのニコラウスをそのアトリビュート (人物を特定する事物) である3つの黄金の玉とともに表している[1][2]。作品は現在、ナポリのカポディモンテ美術館に所蔵されている[2]。プレーティはまた1657年に本作より大きな同主題作を描いており、そのヴァージョンは現在ファーノの市立美術館に所蔵されている。さらに、ナポリのサンタ・テレーザ・デッリ・スカルツィ教会には本作の早い時期の複製がある[2]。
本作に関する最初の記録文書中の言及は1653年12月20日のもので、イザベラ・ガッロがミラのニコラウスの絵画に40ドゥカート (最終的に合計50ドゥカートで合意) を支払うことが記されている[2]。彼女は、この絵画をナポリのカラブリア人共同体の中心であったサン・ドメニコ・ソリアーノ教会のために所望したが、プレーティはこの教会の丸天井にもフレスコ画を描いている (19世紀に破壊された)[2]。本作は、聖ニコラウスに捧げられたガッロ=コッシア礼拝堂に掛けられた。この礼拝堂は、イザベラの夫でカタンザーロ出身のドメニコ・コッシアの死に際し、彼女が150ドゥカートで購入したものであった[2]。
1806年に教会と修道院の財産が没収された際、本作と、同じくプレーティの手になる『洗礼者聖ヨハネ』、および『ユディトとホロフェルネス』 (ともにカポディモンテ美術館蔵) はサン・ドメニコ・ソリアーノ教会から移され、パラッツォ・デッリ・ストゥーディ (現在のナポリ国立考古学博物館) のブルボン家のコレクションに加えられた[2]。1843年に本作はエングレービングにされ、ナポリのすべてのガイドブックに載せられた結果、ブルボン家のコレクション中で最も有名な作品の1つとなった[2]。作品は19世紀と20世紀の美術史家と画家たちに高く評価され、そのキアロスクーロが称賛された。美術史家のロベルト・ロンギは、「プレーティの作品は、光の面に沿った量塊が調和のもとに露見している」と述べている[2]。