脇本脇本

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脇本脇本
大字
脇本海岸(脇本脇本字脇本)
北緯39度54分6.609秒 東経139度53分19.435秒 / 北緯39.90183583度 東経139.88873194度 / 39.90183583; 139.88873194座標: 北緯39度54分6.609秒 東経139度53分19.435秒 / 北緯39.90183583度 東経139.88873194度 / 39.90183583; 139.88873194
座標位置:脇本城跡
日本の旗 日本
都道府県 秋田県の旗 秋田県
市町村 男鹿市
地区 脇本地区[1]
人口情報2020年(令和2年)10月[2]
 人口 2,170 人
 世帯数 887 世帯
設置日 1889年
郵便番号 010-0342[3]
市外局番 0185[4]
ナンバープレート 秋田
運輸局住所コード 05505-0013[5]
町字ID 0051000[6]
ウィキポータル 日本の町・字
秋田県の旗 ウィキポータル 秋田県
ウィキプロジェクト 日本の町・字
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脇本脇本(わきもとわきもと)は、秋田県男鹿市大字で旧南秋田郡脇本村脇本、南秋田郡脇本村秋田郡脇本村に相当する。平安期には腋本村と記されていた。郵便番号は010-0342[3]。本項では男鹿市の地区名である脇本地区についても解説する。

小字

脇本脇本は男鹿市東部に位置し、東で船越、北東で払戸、北で脇本冨永および脇本浦田、西で脇本田谷沢と接し、南で日本海に面する。水田と山地に囲まれた街で北部を男鹿線国道101号が横断する[7]。海岸線沿いに並行する市道沿いに脇本本村とよばれる集落が存在し、新町、荒町、浜町、栄町、天神町などの町内会をもつ[7]

秋田地方法務局の「男鹿市登記所備付地図データ」(2024年10月5日時点)およびデジタル庁公表のアドレス・ベース・レジストリの「秋田県町字マスターデータセット」(2024年8月13日時点)および運輸局公表の「東北運輸局秋田運輸支局住所コード表」(2024年11月1日時点)によれば、脇本脇本の小字は以下の通りである[8][5][6]

大字 小字 出典
町字マスター 運輸局コード 登記
脇本脇本 字尼池
字稲荷下
字横町道下
字横町道上
字下谷地
字下中野[注 1]
字下碇 ×
字兜ケ崎[注 2]
字狭間田 ×
字曲田
字九枚下り ×
字後野
字向山
字七沢
字小坪尻 ×
字上前谷地[注 1]
字上谷地[注 1]
字上中野
字上野
字石館
字前谷地 ×
字前野
字相染前
字打ケ崎[注 1]
字大関尻深 ×
字大石館
字段ノ越
字中名地 ×
字中野
字昼寝 ×
字昼寝土手下 ×
字町尻
字碇 ×
字頭名地
字内郷
字乍木
字八枚縄手 ×
字飯ノ町
字名不知 ×
字脇本
字杉山 × ×
字根木 × ×

明治期の小字

秋田県史付録秋田県市町村字名称調によれば、町村制施行前の脇本村の小字は以下のとおりである[9]

  • 下谷地
  • 内郷
  • 上谷地
  • 頭名地
  • 中野
  • 下中野
  • 上中野
  • 石館
  • 大石館
  • 尼池
  • 稲荷下
  • 脇本
  • 横町道下
  • 横町道上
  • 七沢
  • 乍木
  • 挾間田
  • 打ケ崎
  • 兜ケ崎
  • 上野
  • 曲田
  • 向山
  • 相染ノ前
  • 段ノ越
  • 前野
  • 後野
  • 上前谷地
  • 飯ノ町
  • 町尻
  • 前谷地
  • 下碇
  • 昼寝
  • 昼寝土手下
  • 大関尻深
  • 中名知
  • 八枚縄手
  • 九枚下
  • 名不知
  • 向田
  • 小坪尻

地価

2024年(令和6年)7月1日の公示地価によれば、下記の脇本脇本の宅地および宅地見込み地における地価は次の通りである[10]

都道府県地価調査
  • 脇本脇本字上野86番19(男鹿-3) : 7,300円/m2

歴史

古代には腋本の名前で日本三代実録に記載されている。そのなかには

秋田城下賊地者、上津野、火内、榲淵、野代、河北、方口、大河、堤、姉刀、腋本、方上、焼岡、十二村也

とあり、秋田城下賊地(元慶の乱の際に反乱軍の拠点となった地)の一つとして挙げられている。元慶の乱では、秋田城主であった良岑近の苛政に耐えかねて反乱を起こした12ヶ村が秋田城やその周辺を襲撃し、秋田川以北の地の律令国家からの独立を要求した[11]

沿革

行政区画の変遷

1889年 1889年〜1954年 1954年〜現在
脇本村 脇本村脇本 男鹿市脇本脇本

施設

  • 飯の町街区公園(脇本脇本字飯の町32-1)[13]
  • 脇本郵便局(脇本脇本字大石館111-1)[14]
  • 脇本コミュニティセンター(脇本脇本字前野8)[15]
  • 脇本近隣公園(脇本脇本字前野地内)[13]
  • 秋田なまはげ農業協同組合男鹿支店(脇本脇本字向山1番地4)
  • 脇本街区公園(脇本脇本字脇本149-21)[13]

交通

人口

2020年(令和2年)10月実施の国勢調査によれば、脇本脇本の人口は以下のとおりである[2]

大字 小字 世帯 外国人 人口
脇本脇本 字曲田 60世帯 64人 70人 0人 134人
字打ケ崎 40世帯 49人 55人 0人 104人
字上野 27世帯 28人 38人 0人 66人
字向山 91世帯 107人 116人 0人 223人
字大石館 21世帯 33人 44人 0人 77人
字稲荷下 49世帯 57人 76人 1人 133人
字脇本 129世帯 135人 147人 0人 282人
字横町道下 47世帯 57人 49人 4人 106人
字飯ノ町 48世帯 46人 75人 0人 121人
字後野 52世帯 47人 58人 0人 105人
字中野 57世帯 68人 104人 2人 172人
字内郷 45世帯 42人 56人 0人 98人
字下谷地 69世帯 78人 80人 1人 158人
字乍木 13世帯 17人 13人 0人 30人
字前野 139世帯 185人 176人 1人 17人
合計 887世帯 1,013人 1,157人 9人 2,170人

人口の推移

以下は国勢調査による1995年から2020年における5年ごとの志津川の人口推移を表すグラフである[2][17][18][19][20][21]

1995年 2,873人
2000年 2,706人
2005年 2,716人
2010年 2,533人
2015年 2,368人
2020年 2,170人

遺跡

脇本城

脇本脇本字七沢外に所在[22]2004年(平成14年)9月30日に国の史跡に指定され、2022年(令和4年)11月10日に追加指定がなされた[22]。安東愛季が安土桃山時代の天正5年(1577年)に大規模な修復を行って、居城とした城であるといわれている[22]。総指定面積は1,289,760平方メートル[22]

脇本地区

脚注

参考文献

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