興禅寺 (犬山市)

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所在地 愛知県犬山市羽黒字城屋敷16
位置 北緯35度21分11.2秒 東経136度56分56.7秒 / 北緯35.353111度 東経136.949083度 / 35.353111; 136.949083座標: 北緯35度21分11.2秒 東経136度56分56.7秒 / 北緯35.353111度 東経136.949083度 / 35.353111; 136.949083
山号 妙国山
宗旨 臨済宗
興禅寺
所在地 愛知県犬山市羽黒字城屋敷16
位置 北緯35度21分11.2秒 東経136度56分56.7秒 / 北緯35.353111度 東経136.949083度 / 35.353111; 136.949083座標: 北緯35度21分11.2秒 東経136度56分56.7秒 / 北緯35.353111度 東経136.949083度 / 35.353111; 136.949083
山号 妙国山
宗旨 臨済宗
宗派 妙心寺派
本尊 釈迦如来
創建年 1174年
開基 梶原景時
中興年 1479年
中興 東陽英朝
法人番号 2180005009307 ウィキデータを編集
興禅寺の位置(愛知県内)
興禅寺
興禅寺
興禅寺 (愛知県)
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興禅寺(こうぜんじ)は、愛知県犬山市羽黒字城屋敷16にある臨済宗妙心寺派寺院。山号は妙国山。本尊は釈迦如来

中世

承安4年(1174年)、梶原景時の開基で光善寺が創建されたと伝わる[1]。当初は真言宗の寺院であり[1]丹羽郡羽黒村の下大日にあった[2]

文明11年(1479年)に天関宗鶚禅師を招聘すると、臨済宗妙心寺派東陽英朝禅師を勧請開山として臨済宗妙心寺派に改宗した[1]。この時に寺号を興禅寺に改めて再興された[2]。この時には西方450メートルの興善寺山にあったとされる[1]

天正12年(1584年)、小牧・長久手の戦いの羽黒合戦によって全山が焼失した。慶長7年(1602年)には犬山城主であった小笠原吉次によって羽黒城跡に移って再興された[2]

近代

寺記によると、文政13年(1830年)には庫裏が建てられた[1]。1880年(明治13年)には竹中藤右衛門(後の竹中工務店)一門が本堂の建設に着工し[1]、1893年(明治26年)に完成した。1920年(大正9年)には本堂の補強工事が行われた[1]。1939年(昭和14年)には山門が建てられた。

現代

2006年(平成18年)8月3日、本堂、庫裏、山門が登録有形文化財に登録された。

境内

庫裡
  • 本堂
  • 玄関
  • 庫裡
  • 座敷
  • 位牌堂
  • 弘法堂
  • 半蔵坊 - 元禄14年(1701年)造営。
  • 山門
  • 鐘楼
  • 北向き地蔵尊 - 1868年(明治元年)に起こった入鹿切れの犠牲者を供養する地蔵。
  • 石碑「開基梶原景時公」
  • 石碑「松浦浅吉先生之像」 - 愛知県会議員を務めた教育者の松浦浅吉の顕彰碑。

文化財

脚注

外部リンク

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