花みょうが
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ミョウガは、すでに3世紀頃から我が国でも栽培されていたと言われる。魏志倭人伝に記された倭国の様子には、「薑・橘・椒・蘘荷があるが、美味しいのを知らない」とあり、3世紀にミョウガがあったことが分かる。
奈良市の平城京長屋王邸宅跡から出土した木簡に「進物 加須津毛瓜 醤津毛瓜 醤津名我(ひしおづけみょうが) 加須津韓奈須比 右種四物 九月十九日」とあり、奈良時代にミョウガを醤漬けにして食べていたことが確認できる[1]。
1176年(安元2年)の『東大寺文書』四ノ五十二に「白米六斗進上茗荷一蕗青菜苣大笋少少小笋暑預二柄山老五升小豆四升白豆五合串柿九串」の記述がある。
五條市では古くから栽培が行われている。五條市史は、「元戸長や区長宅に保存している記録により地区別に特色あるものを記してみると、明治6年の大深 ミョウガ八十貫、明治15年の樫辻 ミョウガ六十貫」と述べている[2]。 1891年(明治24年)の『大和国町村誌集』には「宇智郡坂合部村樫辻 茗荷六拾貫目」と記録がある[3]。 五條市大深の上岡国太郎が大正時代にミョウガ栽培の研究をはじめたといわれ、ミョウガ栽培の元祖とされる[4]。