花栗
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地理
歴史
もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡に属する花栗村であった[2]。
- はじめは幕府領で、後の寛永年間頃に知行は関東郡代伊奈氏となる[2]。なお、検地は1639年(寛永16年)に実施。
- 1792年(寛政4年)より伊奈氏が失脚となり、再び幕府領となるが、その後知行は旗本伊奈氏となる[2]。
- 幕末の時点では足立郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、伊奈兵庫の知行[3]。
- 1868年(慶応4年)6月19日 - 幕府領が武蔵知県事・山田政則(忍藩士)の管轄となる。
- 1869年(明治2年)
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、安行、赤山領領家、原、慈林、北谷、苗塚、小山、花栗、藤八新田、吉蔵新田の8箇村2新田が合併し、安行村が成立。花栗村は安行村の大字花栗となる。
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 安行村が川口市に編入され、大字花栗は川口市の大字となり、安行花栗に改称。
- 1957年(昭和32年)5月1日 - 境界変更によって、川口市から草加町へ編入。草加町の大字となり、花栗に改称。(周辺の北谷・小山・苗塚・原も同時に草加町へ)
- 1958年(昭和33年)11月1日 - 市制施行と同時に大字花栗から花栗町へ地名変更[4][2]。
- 1987年(昭和62年)1月1日 - 第4次住居表示の実施により[5]花栗町、苗塚町、栄町の各一部から花栗一丁目〜四丁目が成立[6][7]。また、同日花栗町の一部が学園町の一部となる[6]。花栗町は消滅[6]。
交通
鉄道
町内に鉄道は存在しない。東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)獨協大学前駅が最寄駅となる。
道路
国道4号草加バイパスが縦断している。東西を埼玉県道34号さいたま草加線が結ぶ。花栗(中)交差点が設置されている。
- 谷古田道
- 花栗通り