芸術家の糞

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《芸術家の糞》

芸術家の糞(げいじゅつかのくそ、: Merda d'artista: Artist's Shit)は、イタリアの美術家ピエロ・マンゾーニ1961年5月に制作した作品である。30グラム入りと表示された缶詰90点からなる版作品で、芸術家自身のを封入したものと称し、当初は重量相当のの価格で販売された。戦後美術における作者性、作品の価値、商品化、鑑賞者の信頼をめぐる問題を鋭く問う作品として知られ、コンセプチュアル・アート反芸術の文脈で繰り返し論じられてきた[1][2]

《芸術家の糞》は、ブリキ缶に印刷ラベルを貼った缶詰作品である。ポンピドゥー・センターの所蔵作品データでは、作品はミラノで制作され、高さ5センチメートル、直径6.5センチメートルとされる。蓋には署名と番号が施され、同館所蔵品は31番である。作品は90点の版作品として構成されている[1]

本作は、マンゾーニが1950年代末から1960年代初頭にかけて展開した、物質、作者、署名、証明行為を問い直す一連の仕事の中に位置づけられる。《》などの封入作品との連続性のうえで理解されることが多く、日本でも《アクローム》《線》と並ぶ代表作の一つとして紹介されている[1][3]

制作と形式

作品は1961年5月に制作された。90個の缶詰からなり、それぞれに30グラム入りと表示されている。缶の上面には署名と番号があり、胴部ラベルには英語・イタリア語・フランス語・ドイツ語で作品情報が記されている[4]

この形式は、工業製品としての缶詰の外観と、美術作品としての限定版・署名作品という性格を同時に備えている。ラベルの多言語表記は国際流通を前提とした商品を思わせる一方、署名と番号は固有性を保証する美術制度の論理を示している。この二重性によって、商品と作品、複製性と一回性の関係が主題化されている[1][2]

1961年12月に友人ベン・ヴォーティエへ宛てた書簡では、マンゾーニは、芸術家は指紋を売るべきであり、あるいは最も長い線を描く競争を行うべきであり、また糞を缶詰にして売るべきだ、収集家が作家から親密で本当に個人的なものを求めるなら、それはまさに芸術家自身の糞である、という趣旨を記している[5]。この書簡は、《芸術家の糞》が《線》や指紋作品と近い発想圏で構想されていたことを示している。

また本作は、《線》や身体的痕跡を用いる他の作品群との連続性の中で論じられてきた。作品が基本的に開封されず、内容が直接知覚されないことは、《線》と同様に、知覚可能な対象というより概念的な作品としての性格を強めている[4]

初出展示と初期展開

《芸術家の糞》が最初に展示されたのは、1961年8月12日にアルビソーラ・スペリオーレで開かれたグループ展「In villeggiatura da Pescetto」であった[4][6]

その後、同年9月にはミラノの画廊で展示され、さらに10月18日にはコペンハーゲンの画廊での個展にも出品された[6][7]

こうした展示歴は、本作が単なる逸話や挑発的冗談ではなく、マンゾーニ自身の展覧会活動の中で継続的かつ明確に提示された作品であったことを示している。

販売方法と価値論

本作の販売価格は、缶の重量と同量の金の当日価格に基づいて設定された。この設定によって、作品は文字どおり金と同価値のものとして提示された。ここで問われているのは、内容物の物質的価値ではなく、作者名、制度、信認、流通によって作品価格が成立する仕組みである[2]

本作は、芸術作品の市場価値をもてあそぶと同時に、工業製品に類似した形式によって消費社会への統合を標的にした作品と解されてきた。批評では、芸術と商品との関係をめぐる問いとして論じられることが多く、金・糞・芸術の連関も中心問題の一つに位置づけられている[1][4]

近年の理論的検討では、この作品は価値形態の問題とも結びつけて論じられている。美術評論家のイザベル・グラウは2024年の論考で、《芸術家の糞》をロバート・モリスの《Box with the Sound of Its Own Making》と並べ、作品における身体的労働や制作過程がどのように特殊な芸術的価値を生むかを考察している[8]

内容物をめぐる議論

缶の中身については、一般には芸術家自身の糞と称されたが、作品の多くは未開封のままであり、外部から確定的に確認することは困難である。開封によって作品としての価値が損なわれうるため、中身の不確定性そのものが受容の一部になっていると理解されている[2]

この不確定性は、マンゾーニの《線》や他の封入作品にも通じる概念的性格と結びつけられてきた。したがって、本作の主題は中身の実証そのものより、鑑賞者、収集家、市場がどのような信頼のもとで価値判断を行うかにあると解される[4][1]

哲学的背景

ピエロ・マンゾーニ

マンゾーニの後期作品は、精神分析や実存主義への関心を背景に理解されてきた。1950年代半ばにはユング心理学との接点がみられるが、1957年以降には、作品を象徴解釈の対象としてではなく、「生の世界」や経験の過程へ接続しようとする傾向が強まったとされる。この転回は、身体性や経験性への開放と結びつけて論じられている[9]

こうした背景のもとで、《芸術家の糞》もまた、身体の産物をそのまま作品化する試みとしてではなく、身体、経験、価値づけの関係を極端なかたちで示す作品として位置づけられてきた。排泄物という主題は、象徴的意味に還元できない身体性と価値判断の問題を前景化している[9][2]

批評と解釈

本作は長く、排泄物、身体、象徴、タブーといった観点から読まれてきた。1990年代の批評では、前衛芸術の衝撃性、デュシャン的概念主義、身体生成物、金と糞の等価性、芸術と商品の関係などが重ね合わせて論じられ、《芸術家の糞》をめぐる神話化や象徴的意味づけも整理された[4]

その後の研究では、こうした精神分析的・象徴的読解だけでは本作を十分に説明できないことが指摘されるようになった。2018年の研究では、マンゾーニの哲学的関心や理論的発言をふまえ、本作をより社会的・経験的なダイナミクスの側から読み直す必要があるとされた。そこでは、本作は単なる心理的象徴やスキャンダルの記号ではなく、制度、流通、受容、価値形成の実践を巻き込む作品として捉え直されている[9]

こうした再読によって、本作は単に「奇抜な作品」としてではなく、価値づけの制度や信頼の構造を露呈させる作品としても理解されている。批評史において中心的に問われてきたのは、排泄物そのものよりも、そこにどのような価値が与えられ、いかなる仕方で受容されるのかという点であった[2][9]

受容と評価

《芸術家の糞》は、マンゾーニの最も広く知られた作品の一つとなった。ポンピドゥー・センターが本作を収蔵していることは、主要美術機関による制度的受容の一例である[1]

マンゾーニ自身の再評価も継続してきた。1974年には Tate Gallery で展覧会が行われ、1991年にはパリ、ヘアニング、マドリード、リヴォリを巡回する回顧展とともに作品総目録が刊行された[10]

市場においても、本作は高額で取引されてきた。Christie's では2015年に1点が18万2500ポンドで落札され、サザビーズでは2020年に1点が25万ユーロで落札された。こうした記録は、本作が市場においても継続的に高い関心を集めてきたことを示している[11][12]

日本での紹介

日本では、マンゾーニは長く広く紹介された作家とは言いがたかったが、近年は再評価の動きがみられる。2020年刊の『ピエロ・マンゾーニ 日本事始』は「日本では初めてとなる書籍」と案内されており、同年には東京で同名の展覧会も開催された[13]

また『美術手帖』は2019年の記事で、マンゾーニを1950〜60年代ヨーロッパを代表する作家として紹介し、《芸術家の糞》を《アクローム》《線》などと並ぶ代表作に挙げている[3]

脚注

参考文献

関連項目

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