藤沢勉
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1984年の『忍者くん 魔城の冒険』以降、UPLの多くの作品に関わった。 1987年、『忍者くん 阿修羅ノ章』発表後にUPLを退社しフリーのゲームデザイナーとなった後も、継続してUPLから作品を発表していた。
本人いわく「僕は本来、人間とコンピュータが対等の条件で知力をつくして戦うというのが、ゲームの理想像と考えているんです。」との事[1]で、『ぺんぎんくんWARS』等で高度なアルゴリズムによるコンピュータと人間の戦いに主眼を置いた対戦ゲームを模索。既存のゲームに真っ向反旗を翻し『宇宙戦艦ゴモラ』をはじめ、多くのアイディアを先鋭的なゲームデザインと共に表現した。また『ぺんぎんくんWARS』から『オメガファイター』まではBGMの作曲も自身で行っていた。
1992年、UPL倒産を受けソフトハウス「スカラベ」を設立した。同社は藤沢の没後、妻・紀子が代表となり2005年3月に株式会社キャビアに吸収合併された。