西寺山古墳

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所属 前波古墳群
所在地 岐阜県可児市中恵土1944-1ほか(字寺廻)
位置 北緯35度25分47.95秒 東経137度4分5.15秒 / 北緯35.4299861度 東経137.0680972度 / 35.4299861; 137.0680972座標: 北緯35度25分47.95秒 東経137度4分5.15秒 / 北緯35.4299861度 東経137.0680972度 / 35.4299861; 137.0680972
西寺山古墳

墳丘
所属 前波古墳群
所在地 岐阜県可児市中恵土1944-1ほか(字寺廻)
位置 北緯35度25分47.95秒 東経137度4分5.15秒 / 北緯35.4299861度 東経137.0680972度 / 35.4299861; 137.0680972座標: 北緯35度25分47.95秒 東経137度4分5.15秒 / 北緯35.4299861度 東経137.0680972度 / 35.4299861; 137.0680972
形状 前方後方墳
規模 墳丘長60m
高さ6m(後方部)
埋葬施設 (推定)竪穴式石室
出土品 銅鏡?・壺形埴輪
築造時期 4世紀中葉
史跡 可児市指定史跡「西寺山古墳」
地図
西寺山古墳の位置(岐阜県内)
西寺山古墳
西寺山古墳
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750 m
西寺山古墳
.
古墳の位置

西寺山古墳(にしてらやまこふん)は、岐阜県可児市中恵土(なかえど)にある古墳。形状は前方後方墳。前波古墳群を構成する古墳の1つ。可児市指定史跡に指定されている。

長塚古墳(国の史跡)・野中古墳とともに「前波の三ツ塚(まえなみのみつつか)」と総称される。

前波古墳群(前波の三ツ塚)
古墳名 墳丘 埋葬施設 築造時期 史跡指定
西寺山古墳前方後方墳竪穴式石室?4c中葉可児市指定史跡
野中古墳前方後円墳竪穴式石室2基4c中葉なし
長塚古墳前方後円墳粘土槨・木棺直葬4c後半国の史跡

岐阜県南部、木曽川可児川の間の標高100メートル前後の中位河岸段丘の南縁に築造された古墳である。現在では弘福寺に隣接し、墳頂には薬師如来が祀られる。墳丘は大きく改変されているほか、199820042005年平成10・16・17年)に部分的な発掘調査が実施されている。

墳形は前方後方形で、前方部を西方向に向ける。墳丘は2段築成で、地山の削り出しに盛土を加えて構築されている[1]。墳丘外表では、前方部前面・くびれ部を中心にベンガラ赤彩の二重口縁壺形埴輪が出土しているほか、川原石による葺石が認められており、内部に裏込め石を厚く詰めて外面は長手積みとする[1]。埋葬施設は明らかでないが、地中レーダー探査では竪穴式石室(竪穴式石槨)の存在が推測される。副葬品も明らかでないが、南山大学所蔵の三角縁三神五獣鏡を本古墳出土鏡とする説がある[1]

築造時期は、古墳時代前期の4世紀中葉頃と推定され[2]、野中古墳・長塚古墳に先行する「前波の三ツ塚」では最初の首長墓に位置づけられる。

古墳域は1956年昭和31年)に可児市指定史跡に指定されている[1]

遺跡歴

  • 江戸時代、子守神社の薬師如来が墳頂に移設(当時には前方部は破壊)[1]
  • 昭和初期、宅地造成の際に後方部の改変(三角縁三神五獣鏡の出土か)[1]
  • 1956年昭和31年)6月2日、可児市指定史跡に指定。
  • 1961年(昭和35年)刊行の『可児町郷土史』では「寺山古墳」と表記[1]
  • 1984年(昭和59年)、測量調査。前方後方墳として認知(可児市教育委員会)[1]
  • 1998年平成10年)、部分的トレンチ調査・地中レーダー探査:第1次調査(可児市教育委員会、1999年に報告)[3][1]
  • 20042005年(平成16・17年)、弘福寺本堂建替に伴う発掘調査:第2次調査(可児市教育委員会、2008年に報告)[1]

墳丘

墳丘の規模は次の通り[1]

  • 墳丘長:60メートル
  • 後方部
    • 長さ:34メートル
    • 高さ:6メートル[4]
  • 前方部
    • 長さ:26メートル
    • 高さ:3メートル[4]

出土品

二重口縁壺形埴輪
可児郷土歴史館展示。

西寺山古墳の副葬品は明らかでないが、推定副葬品として、南山大学所蔵の伝可児出土舶載吾作銘三角縁三神五獣鏡がある。同笵鏡(同型鏡)として京都府椿井大塚山古墳など5面が知られるが、西寺山古墳からの出土を否定する説もあり詳らかでない[2][1]

そのほか、発掘調査では二重口縁壺形埴輪が多数出土している。底部は焼成前穿孔されており、外面はベンガラで赤彩されている。前方部前面・くびれ部を中心に出土しており、前方部墳頂に配置された可能性がある[2][1]

文化財

可児市指定文化財

  • 史跡
    • 西寺山古墳 - 1956年(昭和31年)6月2日指定。

その他

  • 伝可児出土 舶載吾作銘三角縁三神五獣鏡 - 南山大学保管。

関連施設

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

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