西田陸浮
日本のプロ野球選手 (2001-)
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経歴
プロ入り前
小学2年生から枚方リトルリーグに入り野球を始めた[2]。その後一度は野球から離れるも、5年生から軟式野球のトルネードBBCに所属した[3]。楠葉西中時代の当初は軟式野球部に入部したが[3]、中学3年生の時から野球に本格的に取り組むため[2]、硬式の北大阪ボーイズに加入した[3][4]。
東北高等学校では3年夏の宮城県大会で決勝まで勝ち進んだが、仙台育英に敗れ甲子園大会出場を逃した[5]。3人いる副主将の1人で、中軸を任されていて[4]、1学年上に杉澤龍がいた。
複数の大学の練習に参加し入部合格。そのうちの1校、マウントフッドコミュニティカレッジでは紅白戦でスリーベースを放ち合格をもらい、進路先を同大学に決定。[6][7]
2023年にオレゴン大学へ編入[5]。63試合に出場して打率.312、5本塁打、37打点という成績だった[8]。ドラフト後の同年8月には、野球留学や編入のサポート、少年野球教室といった事業を手掛ける「株式会社ワンハネ」を起業している[9][10]。
ホワイトソックス時代
同年のMLBドラフト11巡目(全体329位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名された[11]。MLBドラフトで日本人が指名されるのは2013年の加藤豪将以来5人目であった[11]。7月18日に17万ドルで契約を結んだ[12]。8月18日、R級のアリゾナコンプレックスリーグ・ホワイトソックスで二塁手としてプロデビュー。二塁手として出場したのは1試合のみで、同月20日からA級のカナポリス・キャノンボーラーズで外野手として出場している。
2024年はA級のカナポリスで90試合に出場して打率.290、1本塁打、36打点、35盗塁の成績を残し、7月30日にA+級のウィンストン・セーラム・ダッシュに昇格した[13]。26試合で打率.337、10盗塁の成績を挙げ、9月3日にAA級のバーミングハム・バロンズに昇格した[14]。バーミングハムでは11試合で打率.333、4盗塁の成績を挙げた[15]。3チームで1番打者として出場を続け、合計49盗塁を記録した[16]。
2025年は1年間通してAA級でプレー。115試合に出場して打率.273、0本塁打、31打点、40盗塁の成績を残した[17][18]。オフに自身のSNSで結婚を公表した[19][20]。
2026年の開幕前、プロスペクトによるエキシビション試合であるスプリング・ブレークアウトの登録選手に初めてメンバー入りした[17]。開幕後はAA級でプレーしていたが、4月17日に初めてAAA級のシャーロット・ナイツに昇格。AAAデビュー戦で本塁打を記録した[18]。5月24日までに33試合に出場し、打率.347、1本塁打、10打点、9盗塁と好調を維持し、翌5月25日にメジャー初昇格を果たした[21]。5月25日のミネソタ・ツインズ戦(レート・フィールド)に9番右翼手としてメジャー初スタメン初出場すると[22]、第2打席でゼビー・マシューズからメジャー初安打を記録した[23]。この試合には今年からチームに加入した村上宗隆も2番一塁で出場している。日本人野手が同じチームで同時にスタメン出場するのは2006 - 2009年のイチローと城島健司、2008年の田口壮と井口資仁、2012年のイチローと川崎宗則に次いで、14年ぶり4例目である[24]。12試合に出場し、打率.241(29打数7安打)、2打点の成績を挙げていたが、6月9日、AAA級・シャーロットへの降格が発表された[25]。