見返り柳
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隅田川の堤防である日本堤から、吉原遊廓(新吉原)へ下る坂を「衣紋坂(えもんさか)」という。衣紋坂から「く」の字に曲がりくねった「五十間道(ごじゅっけんみち)」が吉原の入口の大門まで続くが、この道の入口の左手にあるのが、見返り柳である。
宝暦7年の吉原細見『なみきのまつ』の序文では「出口の柳」と書かれており、後に「見返り柳」と呼ばれるようになったと考えられている[2]。
- もてた奴 ばかり見返る 柳なり[3]
- 見返れば 意見か柳 顔を打ち
- こんな腰なりと出口に植て置き
- 柳は出口花はよし原
- 柳ちる 今朝の出口の わかれ際
- 大象もつなぐ出口の糸柳
- 狐より今は柳に化さるる
- はりはないはづ門外に柳なり
- 燈籠も絶て出口の柳ちる
- 借りて来た傘に出口柳の葉
- きぬぎぬに 送る出口の 柳腰
- 髪筋に 出口の柳 夜は見えて
- 三かえり 柳つなぎたき猪牙
- 万客になびく印を門へ植え
- やめてから 出口の柳 じやのごとし
- 了簡はもふ見かへりもせぬ柳
- 見かぎりの柳とわびる朝帰り
などの川柳が詠まれた[4]ほか、樋口一葉の『たけくらべ』冒頭[5]や、落語の演目『明烏』[6]にも見返り柳が出てくる。
吉原の見返り柳は、枯れるたびに新しい柳が植えられた[7]。2013年(平成25年)現在、東京都台東区千束4丁目の交差点にある柳は、6代目となる[8]。
丸山(長崎)

長崎の見返り柳は、丸山の遊廓のものである。丸山への登楼口に通じる「思案橋[9][10](しあんばし)」で「行こうか行くまいか」と悩み(思案し)、「思切橋[11][10](おもいきりばし)」で意を決して(思い切って)、丸山の入口の二重門(ふたえもん)をくぐる。そして、帰り道に見返り柳の付近で振り返ったという[12]。
2014年時点の見返り柳は、1975年3月8日に植樹された4代目[13]で、船大工町2丁目にあるカステラ店舗福砂屋の向かいにある。柳の根元には移設された思切橋の欄干跡の碑がある[12]。